GoogleマップでWeb旅行! スペイン☆イスラム教の遺跡と地中海の美しい村☆サグラダファミリア

NHK BSP 「世界遺産 時を刻む」「空からクルージング ヨーロッパの街や村・城や宮殿・遺跡・アルハンブラ宮殿 グラナダ王国の栄光と滅亡」 を見ました。
スペインは古くイスラム教徒に支配され キリスト教の文化と混じり合っています。
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世界遺産 時を刻む

「塔~天空に描く伝説」ヘラクレスの塔

NHK BSP 初回放送2011年10月
ヘラクレスの塔
スペイン北西部 ア・コルーニャの街に、古代ローマ時代 プリタニア(イギリスに)にいく 船のために 灯台として建てられ、2000年以上経た 現在も機能している。当初は43mの高さで、大航海時代に遠洋航海に向かう船の寄港地となり ヘラクレスの塔は修復された。今も灯台守が2人交代で自動化された灯台を守る。レンズ磨きだけは塔に登り行っている。
ア・コルーニャは25万人の漁業と観光の街で ピカソが少年時代過ごした家がある。

「海の民~水平線のかなたへ~」

・イビサ島 生物多様性と文化
北アフリカのカルタゴからから来た フェニキア人の造った遺跡があります。100年続いた ポエニ戦争でローマ軍により滅ぼされた。
最大の発明 アルファベット 象形文字からアルファベット(20文字)発明した。書かれた皿が残っています。
海草 ポシドニアを建材として使った。海賊 リケルに贈った記念碑があります。

空からクルージング「ヨーロッパの街や村」

・アンダルシア地方 ロンダ … 100mの崖の上にある。ムーア人が造った。沐浴場もある
ロンダ闘牛場
 アルガトシン:白い町並み

空からクルージング「ヨーロッパの城と宮殿」

・グラナダ
 アルハンブラ宮殿 「赤い城」イスラムのグラナダ王の王宮。城壁が2kmあった。

アルハンブラ宮殿 Photo by Dimitry B on Unsplash

空からクルージング 「ヨーロッパの遺跡」

ヒメナ・デ・ラ・フロンテラ
アンダルシア地方は 紀元前2世紀から 600年間 古代ローマの属州だった。8世紀イスラム教のムーア人が築いた砦・神殿

空からクルージング 「アルハンブラ宮殿 グラナダ王国の栄光と滅亡」

スペイン南部、アンダルシア地方 15世紀に滅びたグラナダ王国の栄枯盛衰を描く。
・タリファ … ジブラルタル海峡を渡って 8世紀 イスラム教徒のムーア人]がやってきた。

・コルドバ (世界遺産)… 700年以上 イスラムの国が栄えた。グアダルキビール川に面している。
メスキータ:イベリア半島の大部分を支配したイスラム勢力の都に 785年に建てられたモスク。
「すべての人は神の前に平等である」という教えから 広く均質的な空間で25,000人収容。
精緻なレリーフの装飾が施されたミイラブにコーランの一節が刻まれています。
山頂に白い村があります。

ロンダ (街や村)

グラナダ (城と宮殿)
アルハンブラ宮殿 :「赤い城」イスラムのグラナダ王の王宮。城壁が2km 中に2000人収容。
「アルカサバ」最も古い砦。「コメレスの塔」外交と政治の場。
「ライオンの中庭」を囲む装飾や「二姉妹の間」の鍾乳石飾り。
「アルバイシン」城の下に11世紀に造られた街で道は迷路に。

フリヒリアナ … 9世紀 ムーア人が築いた 地中海を臨む 美しい白い村。

世界遺産 7つの海を行く 世界遺産の島々

マヨルカ島 … 地中海にあるバレアス諸島最大の島。1000年前に造られた オリーブの段々畑の美しい村。イスラムの古い遺跡とキリストの文化が混在している。

世界ふれあい街歩き 白い町街道 アルコス・デ・ラ・フロンテーラ 〜スペイン

スペイン南部、アンダルシアの白い町街道の玄関口がアルコス・デ・ラ・フロンテーラ。高い丘の上の旧市街に白い建物がぎっしり立ち並ぶ。
アルコス」と呼ばれるようになったのは、古代ローマ時代。ラテン語で「高い所にあるとりで」という意味です。「フロンテーラ」とは「国境」。何世紀にもわたり、キリスト教徒とイスラム教徒が領土をめぐりせめぎ合ってきました。8世紀から13世紀、アルコスを支配したイスラム勢は、防衛のため入り組んだ路地を作りました。
白い壁はもともと暑さを防ぐためと言われています。
街のシンボル、サンタマリア大聖堂
「家に洞窟がある」と案内されたお宅。中庭から長い抜け穴をくぐると、崖の中腹に開いた洞窟でそこから見える町並みは見事でした。たいまつで味方に合図を送っていたという歴史を聞きました。

青い村フスカル:アルコス・デ・ラ・フロンテーラから車で南東へ2時間。白い街や村が点在するアンダルシア地方にただ一つの「青い村」がフスカルです。家並みも、小学校も、レストランのクレープまで全部「青」。事情を聞くと 11年前。もともとは白い村をアニメ映画の宣伝イベントのために期間限定で村中の建物を青く塗ったら、観光客が大勢訪れ村が活気づいたので そのままだそうだ。

世界ふれあい街歩き ちょっとお散歩 「情熱!フラメンコの街 ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ (スペイン)」

NHK BSP 初回放送2016年4月
スペインヘレス・デ・ラ・フロンテーラ アフリカ大陸が間近で、かつてアラブの勢力とヨーロッパ勢とがせめぎあった歴史がある街。旧市街には 12世紀にイスラム教徒が作った城壁アルカサルがある。
ゴシック、バロック様式などが混在しているヘレス大聖堂
有名なフラメンコ歌手を多く輩出していて、街中どこにでもフラメンコを愛する人がいる。

世界ふれあい街歩き ちょっとお散歩「アフリカにある 欧州 セウタ(スペイン)」

NHK BSP 初回放送 2018年4月
アフリカ大陸にあるスペインの飛び地 セウタ。本土からフェリーで1時間で ジブラルタル海峡の地中海側に突き出た半島 セウタへ。セウタにはおよそ8万5千人が暮らす。イスラム教とキリスト教が共存している。セウタは海上交通また軍事上の要衝として、古くから多くの国が奪い合いスペイン領になったのは16世紀。街の入り口にはローマ帝国時代の城塞がそびえ 南にはモロッコとの国境ゲートがある。
モロッコと行き来は頻繁に行われていた。

世界ふれあい街歩き 選 アルメリア〜スペイン

NHK BSP 初回放送 2017年5月
スペインのアンダルシア地方に位置するアルメリアは、地中海に面した丘に広がった町です。年間を通して気持ちの良い温暖な気候が続き、海水浴やマリンスポーツを目的に多くの観光客が訪れます。

街の中に ヤシの木、丸く剪定された木が続くのは 几帳面だからだそうだ。
地面に書かれた☆に映画監督や俳優の名。
学校の中庭で映画 『インディ・ジョーンズ』が撮影された。昔から映画の撮影が行われてきた。
建物と道路以外ビニールハウス
大きな要塞が築かれた
年間降水量が200ミリに満たない乾いた土地なので 作物が育たなかった。1960年代ビニールハウス栽培を開始し、少ない水を効率的に使い ヨーロッパ一 長い日照時間を生かした。几帳面なアルメリアの人は研究を重ね 環境に配慮したハウス栽培を行います。ヨーロッパ有数の農業地帯になった。EUに加盟しヨーロッパ中に野菜を供給しています。
木の剪定、切らないと 成長が早くボウボウなので 几帳面に カット。

闘牛場 子供達も教わっていた。サッカー選手より格好いい!

アルメリア大聖堂 Almeria Cathedral … 海賊に備えて建てどっしりとしている。

地元出身の歌手の ダビッド・ビスバルの写真を飾る 床屋さん

アルカサバ・デ・アルメリア 10世紀に作られたイスラム時代の要塞。城塞から見渡すアルメニアの街並みと地中海は絶景です。

●【ちょっとより道】ヨーロッパで唯一の砂漠地帯の街タベルナスへ。
フォルトブラボ映画村 (テキサス・ハリウッド)「続 夕陽のガンマン」を撮った。スペインでマカロニ ウエスタンを多数撮影していた。

●アルメリアのおすすめ居酒屋料理。
アホ・ブランコ .. 冷製スープ ニンニク(アホ)とアーモンドをふんだんに使い パンやオリーブオイルとミキサーにかけた。
グルージョ・コン・ヒビア..グルージョと呼ばれるアルメリア名物のショートパスタとイカの煮込み。
ミガス.. 郷土料理 ニンニクを入れたオリーブオイルに小麦粉を入れじっくり炒め粉状にしたもの。」その上にピーマンや魚のフライをトッピングして食べる。

アントニ・ガウディの作品群 〜 空から見る奇才ガウディの建築

TBS 世界遺産 2022年7月31日放送
スペイン・バルセロナが誇る至宝。稀代の建築家アントニ・ガウディの名作7点を登録した世界遺産「アントニオ・ガウディの作品群」
空からみるバルセロナ 区画整理されていない旧市街と19世紀半ば碁盤の目ののような正方形の新市街が整備された。この新しい街作りにあまたの若い建築家が登場し その1人が アントニ・ガウディ(1852-1926)でした。スペイン・カタルーニャ南部の街に生まれ 19~20世紀にかけてバルセロナを中心に活躍した建築家。ガウディの建築物には、自然界の造形やその鮮やかな色彩が多用されています。

サグラダファミリア(生誕のファサードと地下礼拝堂・世界遺産)

大聖堂サグラダ・ファミリア(聖家族教会)は建築は1882年から始まり 翌年ガウディが主任建築家に就任すると 設計が一変しました。イエスの塔は2022年5月 130mに達し 完成すれば あと40m高くなる。
サグラダファミリアの建設工事は140年の間 戦争や資金などの問題で 度々中断してきました。ガウディ没100年の 2026年完成を目指すが遅れが生じている。昨年末に新たな塔 聖母マリアの塔 138mが完成し、暁の星と呼ばれる。
建物の正面をファサードと呼びサグラダファミリアは 3つ持っている。
時代を感じさせる生誕のファサードはガウディが存命中ほぼ完成し キリストの誕生から青年期までの物語が彫刻されている。中央はイトスギの大木を模し、両脇にそびえる4つの鐘楼がある。
栄光のファサード受難のファサードがあり 全体でキリストの一生を現す。サグラダファミリアを石に刻まれた聖書とした。
聖堂内部は2010年に完成、天井の高さは45m、樹木のような無数の柱によって支えられています。ガウディは自らのデザインを自然界になぞらえた。造形は生命力を感じさせる。聖堂はまさに森。
地下に「サグラダファミリア」の根幹の場所 地下聖堂 一番はじめに作られた。この太い柱を最初に設計することで 巨大建築が可能になった。ここにガウディの墓がある。

モンセラット (サグラダファミリアの原点)

バルセロナ 近郊の奇岩の岩山が連なる モンセラット。ガウディは 塔が寄り添いそびえる姿の「サグラダファミリア」は モンセラットからインスピレーションを得ていた。また山の中腹には、不思議な力を持つと言われている「黒いマリア像」が置かれている修道院があり カトリックの聖地です。巡礼路の脇の洞窟にガウディが残した彫刻がある。

コロニア・グエル教会地下聖堂(世界遺産)

ガウディが実験場とした 楕円形の広場のようなものがあり 塔が寄り添うような教会が建つ予定でした。土台にいくつもの丸印 この下に柱があることを示している。内部は完成していて コロニア・グエル教会地下聖堂と名付けられている。数多くの柱は いわば樹木の根っこ。これが巨大建築を支える構造でした。

グエル公園(世界遺産) ガウディの理想郷

丘の上に築かれたグエル公園。「公園」と名付けられているが、分譲住宅地として計画されたもの。何もなかったハゲ山に緑を植え 環境作りから手がけ 理想の街を作ろうとした。デザインには神話や童話のモティーフを散りばめた。入り口は グリム童話「ヘンデルとグレーテル」のお菓子の家をモチーフにしました。階段には噴水が湧き出 公園のシンボルはギリシャ神話のドラゴン、階段の上に神殿のような 野外市場があり 天井には季節ごとの太陽がデザインされている。その先に深い森を作った。森を巡る散策路の柱は樹木を模したもので 自然と調和している。

カサ・ミラ(世界遺産) 集合住宅

新市街の一角にガウディ建築の完成形と称される建物 カサ・ミラがある。 1910年完成し現在も人が暮らす集合住宅です。波打つ外壁、直線や角はほとんどなく 曲線と曲面が目を引く。屋上にはユニークな
様々の形の塔は 煙突や換気の塔です。さらに大きな二つの吹き抜けがあり、パティオと呼ばれる中庭です。

グエル邸(世界遺産)

路地がひしめく旧市街にあるグエル邸。公園のような屋上です。デザインの異なる 煙突や換気の塔が何本もある。砕いたタイルを使うモザイク装飾は伝統的なもの。これがガウディを支えた実業家グエルの邸宅でした。内部は宮殿さながらに作られ、政財界の社交場にもなった メインサロンの吹き抜けは、高さ17.5m。ドーム型の天井からは、星の瞬きのように光が注いでいる。天井に明かり取りの穴が 無数に開いていました。吹き抜けの上には尖塔が立っています。この大きな空間を支えるためにガウディは特別な地下を作った。巨木の根のような太い柱、レンガを積んだ柱とアーチ状の天井。工法自体は伝統的なものですが 樹木の生命観を取り入れていた。

世界ふれあい街歩き「スペイン バルセロナ 人がつながる街」

NHK BSP 2022年8月放送
地中海に面した歴史ある港町、スペイン バルセロナ。世界中から大勢の人が訪れる人気の観光地。
朝からにぎわうランブラス通りゴシック地区(旧市街)で、包丁研ぎ職人の女性がお客を集めるために笛を吹いていました。自転車は革ひもで砥石がつながれ、ペダルをこぐと砥石が回り包丁を研ぎ機になり、レストランの人達がたくさん頼んでいた。
サグラダファミリア はガウディばかりでなく 27才年下の弟子 ジュゼップ・マリア・ジュジョールが「カサ・ミラ」や「カサ・バトリョ」に独特の造形を加え 色彩を与え技術性を高めた。
路地で写真を撮っているカップルはコロナ禍の外出自粛時にインターネットのチェス対戦で出会ったそう。地元の彼女とギリシャの彼。
カテドラル広場 サンタ・エウラリア大聖堂 その奥に 新たな人気スポット ふたつの唇が重なる「キスの壁画」よく見ると一枚一枚異なる写真の組み合わせでできている。地元新聞社が「自由な瞬間」の写真を集めた約4000枚が使われた。その前で多くのカップルがキスの写真を撮っていた。
シャッターが降りた商店街、1角に大学を出て12年建築家の男女(カップルではない)が男女兼用の靴を作っていた。正しい構造の靴は小さな家だそうです。
グルメ
1位…プルポ・コン・フムス・チョリソー タコとピリ辛のチョリソーを炒め ひよこ豆に盛りつける。
2位…ボケロネス 新鮮なカタクチイワシの酢漬け。オリーブオイルで酸味をまろやかにして食べます。3位…パタタスブラバス ベイクドポテトを炒めて トマトと唐辛子を煮込んだピリ辛のソースをかけて食べます。
新市街を巡り、1992年 夏季五輪会場だったモンジュイックの丘へ。
サッカー選手やポケモンのカードコレクターたちが集って交換をしていた。孫を連れてきていた祖父は自分が幼いころ 同じように祖父に連れられてカード交換をしていたと教えてくれた。
トンネルでボルダリングしている人がいた。
サン・ミゲル展望台から バルセロナを一望。
夕方街に戻り サンタ・マリア・ダル・マル教会 にはご婦人達が集まっていた。コロナ時はインターネットで礼拝を続けていた。
◆ちょっとより道 モンセラート~ガウディ建築 発想の原点

ぐるっと地中海4000キロ「衝突と融合の海を行く」(前編)

NHK BSP 初回放送 2015年1月
野村佑香さんが 美しさで世界の人々を魅了する地中海を旅する。この海は、イスラム教の国家キリスト教の国家が衝突し融合する歴史の舞台でもあった。
フランス マルセイユは 地中海最大の港街で アラビア文字が目立つ アラブ人街があります。ヨーロッパの地中海沿岸の港町には 北アフリカの人が多く住んでいます。 ある店では 食べ物や文化が似ているというアルジェリア人が働いていた。 マルセイユ港から出発。

6世紀 キリスト教国家が 地中海沿岸すべてを統治していました。7世紀になると 地中海の東で生まれた イスラム教がアラブの人の信仰を集め瞬く間に成長し ヨーロッパ大陸に進出し 僅か5年ほどで現在のスペインがあるイベリア半島を攻略して、それからイスラム教の国家とキリスト教の国家の数世紀にわたる攻防の歴史が始まった。

スペイン バルセロナ はキリスト教の国家が最も早くとりもどした重要な港でした。船の上から 近代的な街が見え 大きなサグラダファミリアが判ります。
ガラス細工のきれいな サン・ジョセップ市場 地中海の海の幸マグロからエビまでが並べられていた。
イベリコ豚を使った生ハムは 紀元前から作られ 航海の保存食にもなっていた。 食べるかどうかでイスラム教徒か判る。
8世紀 北に逃れた キリスト教の国家が出来 少しずつ領土を奪還していった。アラゴン連合王国ハイメ1世 征服王と名付けられた王様が誕生し 少しずつ取り返し バルセロナ はキリスト教の文化が栄えた。郊外 ワイナリーを訪ねると 砦のような城壁に囲まれたお宅でした。誕生して1050年記念のお城でした。イスラム教の国との戦いで勝利を得て 964年貴族の称号と 600haの土地を与えられ ぶどうを育てた。伝統のワインの牛肉煮をごちそうになり お城に泊めてもらう。夜行の船で8時間 島に向かう。

マヨルカ島パルマ・デ・マヨルカ は人口およぞ40万人の港町。リゾート地で豪華なクルーズ船並ぶ。カフラッチョという高級魚を採っていた 漁師の親子の船に乗せてもらい、海賊が来たときのろしを上げた 高い 守りの塔が数百もあると教えられた。その時のハイメ1世が聖母に祈り 勝利を得た戦いの様子を描いた絵画が サン・ミゲル教会に残されている。そこはモスクがあった場所で そこに教会を建てた。船でセネガルに戻る人に出会う。

■バレンシア アラゴン連合王国が1223年に奪還。高い クアルトの塔はとりもどした後に建てられた。
かつて ここに 豊かな イスラム文化があった。旧市内で見つけた伝統衣装の仕立屋さん。絹織物の一大生産地だった。現在も1着80万円以上もする ドレスを娘のため年に1度のお祭りのためにつくるという。一家で農家をしているお宅 アラブから伝えられたタイルを飾っていた。畑では温暖な気候に恵まれ育てたマンダリンオレンジを収穫。20haの畑には アラブ時代に作られた灌漑用水が引かれていた。米も作っており ご主人が 毎週つくる パエリアをごちそうになった。 水の恵みを感謝する教会に通う。

■マラガ スペインの 南の港町。1487年 キリスト教徒が800年ぶりに取り返した。船の貿易で国力をつけた アラゴン連合王国がカスティーリャ王国と力を合わせ 半島最後のイスラム教国家の戦いにに挑んだ。1492年のグラナダ開城は 戦いを避けイスラム国の領主は宮殿のカギを差し出したと言われる。
アラブ時代の造船所の門が残され 中には市場があります。北アフリカの人の見せもある。
アラブ伝来の楽器 ラウーを演奏している人がいた。ベルディアーレスというアラブと伝統の音楽が融合しフラメンコに唄われている。

TBS 世界遺産「セゴビアの旧市街と水道橋 〜 古代の傑作 ローマ水道橋の秘密」

2022年9月25日放送
スペインの中央部 標高1000mあたり続く なだらかな丘陵地帯に 築かれた要塞都市 セゴビア
2本の川に挟まれた 小高い丘の上にセゴビアの旧市街があります。ここは天然の要塞で そこに目をつけ
古代ローマ人が築いた水道橋が丘から伸びている。創建は2世紀前半とされ 石を積んだだけだが、1800年以上もの間、ほぼそのままの姿で残っている。高さは最も高いところで28m、全長728mの水道橋。郊外から ずっと 緩い下り坂になっていて 折れ曲がることで 距離を稼ぎ 水路の傾斜を最適に保った。100mにつき70cmの傾斜で、谷の深いところはアーチを2段にした。このアーチは崩れにくい構造です。およそ12キロ離れた所には 花崗岩の石切場があり、花崗岩は 硬くて丈夫 かつ自然にスパッと割れ、2万個の以上使われ 壊れることがなかった。
全長15キロの大水路は 山脈のあるフリオ川の雪解け水を水源として 地下を通っています。
一時水路は使われなくなったが 15世紀頃修復された。旧市街のマヨール広場の地下から 使われていた水路が見つかった。終着点は 偉大な女王の城 アルカサルカスティーリャ王国の女王 イサベル1世が住んでいた城。スペインで最も美しい城と言われ ディズニー映画『白雪姫』に登場するの城のモデルにもなった。富をもたらしたのは大航海時代 イサベル1世は王国の最盛期を築いた名君と名高い人物で、コロンブスの新大陸進出を援助した。
古城アルカサルは、旧市街の外れの孤立した丘の上に築かれている。優美にして鉄壁のお城。水道橋の水をここに送るため、新たな水路が建設されていた。
丘の上に築かれたセゴビアの旧市街は、その形から船に例えられている。船のへさきは、女王の暮らす城アルカサル。船のマストにあたる場所には聳え立つような大聖堂

世界ふれあい街歩き 選 ジブラルタル (イギリス領)

NHK BSP 初回放送 2015年12月
スペインの南側 アフリカを間近に望むジブラルタルは地中海と大西洋を結ぶ交通の要衝。
ジブラルタルイギリス領なので スペインから入るには Gibraltar Passport Control Stationで入国審査が必要。 パスポート提示だけで通過できたが、すぐに長い赤信号、ジブラルタル国際空港があって 滑走路が交差し飛行機が飛び立つのを待っていた。
岩山につながる 城壁があって 長い城門 Landport Tunnel をくぐるとメインストリートに 出た。イギリスのフィッシュアンドチップスが売られていた。今 豪華客船が2艘入港、ジブラルタルは付加価値税が不要でヨーロッパ一の買い物天国だそうだ。土産物屋と「Tax free」看板を掲げた電化製品やジュエリーの店が並ぶ。
通りを歩けばジョン・レノンとオノ・ヨーコの結婚記念切手が売られていた。二人は簡単に結婚できる ジブラルタルで結婚した、ナポレオン時代の英国海軍の衣装を着たパレードが歩いていて 鍵を持っているのは 街の安全のため城門にカギををかけたため。

ジブラルタルの東側にある標高426mの岩山 ザ・ロック は18世紀にイギリスが築いた軍事拠点で スペインの攻撃を阻んだ。第2次世界大戦では いくつもの大砲が据えられ 50Kmに及ぶトンネル網に食料など貯蔵、病院も完備し 兵士6000人が常駐していた。今もジブラルタルにイギリス軍が常駐している。

アイリッシュタウンは庶民の街で ひげ自慢の海図屋さんがあった。航海に海図は必須です。
階段を上り すてきな家を眺めながら 要塞にもなっている巨大な岩山の頂上を目指す。海峡を渡る鳥たちの研究者に会う。ジブラルタル海峡は狭いので 多くの鳥たちが渡っていた。
さらに上には ヘラクレスが山を真っ二つに断ち割って地中海と大西洋をつなげたという ヘラクレスの柱 神話の北の柱 Pillars of Herculesから アフリカ大陸が眺望できる。
頂上には展望台があり 大砲がにらみをきかせていた。地中海・アフリカ大陸・大西洋が見渡せた。

いったん街に降り、別の坂の上の 手作りのお宅に招かれ、テラスからは ワイン片手に 夕陽の絶景を見渡す。モロッコの山も眺望出来た。

寄り道 対岸アフリカの町セウタ(スペイン領)

ジブラルタルからフェリーで1時間、スペイン領セウタ(前にあり)
街の入り口の城塞はローマ帝国が建造したもので、現在ある城壁は15世紀のポルトガルの時代に築かれ サンフェリペ壕という美しい堀に囲まれていますた。ジブラルタルより大きい街で 白亜の建物が並ぶ。
“ヘラクレスの柱”の片方といわれる モンテ・アチョ からは対岸のザ・ロックがはっきりわかる。

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