GoogleマップでWeb旅行! スイス・オーストリア・イタリアの鉄道の旅・世界遺産

NHKBSのスイス・イタリアの鉄道の旅・関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅 オーストリア編・世界遺産・チロル地方のレヒの道、アルプス縦断Xalpsなど いろいろ 地図に印を付け備忘メモを作りました。
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晩秋のヨーロッパ 鉄道の旅 アルプスからシチリア島へ

NHK BSP 2021.12.11 初回放送
スイス・アルプスを出発し、鉄道を乗り継いでオーストリア・イタリアを巡り、シチリア島を目指す 2200キロの旅。
2020年11月撮影で コロナの中の旅で 列車内はマスク着用が義務づけられていた。

スイス

グリンデルヴァルト:旅の出発駅、アルプス ユングフラウ地域への玄関口。
目の前に死の壁 アイガー、メッテンベルク、ヴェターホルンがそびえている。

ー登山列車 でアルプスの長い坂を下りる。

インターラーケン:アルプス観光の拠点 トゥーン湖のほとり

ー沿線にはルンゲルン湖などいくつかの湖がある。

ルツェルンスイスでいちばん美しい街。1971年の火事で旧駅舎の入り口だけ残る。
旧市街とロイス川の右岸をつなぐ 14世紀に造られた屋根付きの木製のカペル橋 屋根の下に絵が飾られている。旧市内は 交易で栄えた街で 職人の組合など がつくった美しい壁画・フラスコ画をたくさん見ることができるる。
ムーゼック城壁の中にある 16世紀につくられた時計の塔 教会や市役所よりも1分早く鐘を鳴らす特権が与えられている。

ー2階建て列車、子供のプレールームあり、QRコードの乗車券 夕方 チューリッヒに向かう(45分)

チューリッヒ:スイスで最大の街。駅は空港にも近い。夜景は リマト川の向こうに 聖母教会・聖ペーター教会・大聖堂が並び とても美しい。

ーチューリッヒ湖のほとりを走る。2時間ほどして 山が目立ってきて 国境を越えオーストリアに入る。

オーストリア

ーアルブス山脈の東部 オーストリアとイタリアにまたがるチロル地方です。アルプス越えの要衝なので 各国の争奪戦により国境線が頻繁に変わってきた地域。山あいを縫うように走り抜ける。

インスブルック:アルプスのふもとに広がる街で 1964年と1976年に冬期オリンピックを開催した。イタリアやドイツに抜ける交易路の重要な中継地点である。またハプスブルク家の宮殿が置かれ ゴシック様式の建物が多く残る。
マクシミリアン1世の治世時には神聖ローマ帝国の都で 2657枚の金箔で覆われた銅板の「黄金の小屋根」があり ここで民衆の喝采に応えた。遠くフランス ブルゴーニュ地方 オランダ ベルギーも支配下に置いていました。

Photo by Alexandra Smielova on Unsplash

イタリア

ーこの路線は1867年に開通した ブレンナー線で、アルプス山脈の主要部を縦断する 世界初の鉄道でした。アルプス越え 赤と黄色の派手な電車、イタリア側も チロル地方です。

フォルテッツァ:アルプスを越えてイタリア側に入る玄関口。

ー赤と黄色の電車。リエンツァ川を見ながら ヴォルダオラ・ディ・ソットは700人の村 冬スキー客で賑わう。列車が左右に揺れカーブの連続。

ドッピアーゴ駅: ドロミティ観光の拠点、目の前にクロダ・ディ・バランチ(2966m 世界遺産)が見える。

ドロミティ(ドロミテ)
ーバスに乗り換え ドロミティの街 コルティナ・ダンペッツォに向かう。きれいなランドロ湖 奥に のこぎりの歯のような形のクリスタッロ山(2966m 世界遺産)
途中下車 、ドロミティは元々海の底で隆起し浸食されギザギザの形の山並みが生まれた。
炭酸マグネシウムをたくさん含んだドロマイトという特殊な石灰岩でできている。
代表する山 トレ・チーメ(2966m 世界遺産)は 3つの頂の意味です。
鏡のようなミズリーナ湖の絶景。ソラビス山塊(3205m 世界遺産)

コルティナ・ダンペッツォ
目の前の ポマガニオン(2450m 世界遺産)
山に囲まれた コルティナ・ダンペッツォ 2026年 冬季オリンピック開催予定です。

トレヴィーゾ駅
ー2階建ての列車でヴェネツィアに向かう。久しぶりに平原を走り 本土と結ばれている橋でアドリア海を渡る。

ヴェネツィア(ベニス):世界遺産の街。19世紀半ば ハプスブルク家の支配を受けていた頃 橋は完成した。唯一の駅 ヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅、列車も車もここまで 街中には入れない。
駅名にサンタ・ルチアという名前がついている。ルチアは4世紀初めに処刑された女性で 異教徒との結婚を拒み キリスト教の信仰を守り通したので聖人と呼ばれている。
駅前の石畳に文字が刻まれていた。「我らの祖先は 1313年この場所にサンタ・ルチアの思い出に捧げるために サンタ・ルチーア教会建設し 1860年に駅の建設のため解体された。今 遺骸は 近くの サン・ジェレミア教会の司祭が管理している」
サン・ジェレミア教会に 1700年前の聖女がガラスケースの中に横たわっていた。
サンタ・ルチアは これから訪れるシチリアのシラクーサで生まれ処刑された。遺骸は一時コンスタンチノーブルに運ばれたが ヴェネツィアが参加した十字軍のいわば戦利品として運ばれた。ルチアは「光」を意味する。
ボローニャ:一面の赤い屋根。欧州最古の大学ボローニャ大学がある。中世時代に建てられた建造物が今なお多く残る、歴史の香り漂う町並みが魅力。駅のそばの モンタニョーラ公園では 本を読みながら散歩する人がいた。
アーケード「ポルティコ(柱廊)」が続きます。1階の面積で税金が決められたことから2階が張り出した建物を作り アーチ型の柱で支えた。
日本でも人気のパスタ ボロネーゼ(ミートソース)の発祥地です。細長いリボン状の タリアテッレを手打ちした本格的なパスタが味わえる。

フィレンツェフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅で 青い列車に乗り換えます。このあたり トスカーナ地方 は肥沃な土地に恵まれ ワインや小麦の生産が盛んです。不思議な形のイタリアカサマツを眺め ウンブリア州に入る。

オルビエート駅まで南下 少し足を伸ばす。

天空の街 チヴィタ:正式名称は「チヴィタ・ディ・バニョレージョ」“死にゆく街”と自ら称する。
街に行くには1本の橋のみ。2500年前から街があり その頃は広く豊かな土地でしたが 度重なる 地震やと地滑りで周りの土地が削られ 今の形に、皆移住し 現在10人ほどしか住んでいない。石造りの古い建物 階段が多い、猫も多くいる。

オルビエートからローマ・テルミニ駅へ1時間半で サレルノ
古代ローマ時代噴火してポンペイを埋めたベスビオ山が見える。

アマルフィ:中世の時代 地中海の海運で栄え ベニチアと並ぶ勢力を誇った。海岸も町並みも世界遺産になっている。
アマルフィ大聖堂 10世紀頃建てられ後に改装 イスラム文化の影響を受けている。現在のアマルフィは海辺のリゾート地として人気がある。崖の上まで一気にいけるエレベータがあるが 便利でないようだ。
歩くことになれている地元の人。レモンが特産で レモンチェッロ(リキュール)がつくられている。
魚も豊富に捕れる。階段で鍛えられている人達。

ーサレルノから 列車毎フェリーに乗り 海を渡って シチリア島 に鉄道でそのままシチリアの海岸線を走り タオルミーナへ。遠くには度々噴煙を上げる 世界遺産 エトナ山。

●タオルミーナ:海岸から続く丘の上の旧市街。古代ローマ時代 シチリアには植民都市が次々と造られ繁栄した。丘の上に紀元前3世紀につくられたギリシャ劇場が残っています。

ー 三両編成の列車で2時間

●シラクーサ:およそ3000年前に開かれた 海辺の街で いろいろな時代の遺跡や建物が残る。街全体が世界遺産です。
オルティジャ島は見所の多いところ、住宅の横に 紀元前7世紀につくられたアポロ神殿がある。
古代ギリシャ神殿を大聖堂に作り替えた。聖母マリアの横にあのサンタ・ルチアの像。
サンタ・ルチア・セボロクロ教会 サンタ・ルチアが処刑された場所に建てられたので セボロクロ(お墓の意味)

●サン・ピエーリ駅:1時間半で旅の終着駅に。イタリア最南端、小さな無人駅でした。

世界ふれあい街歩き 宮廷文化薫る音楽の都 ウィーン 〜オーストリア〜

NHK BSP 2022年10月11日
オーストリアの首都ウィーンハプスブルク帝国の都がおかれ 栄華を極めた街で 音楽の都として知られる。
旧市街とその一帯は、歴史的建造物が立ち並び「ウィーン歴史地区」として世界遺産になっている。
旧市街をぐるりと取り囲む リング通りに沿い 歩くと ハプスブルク家の皇帝らが暮らした ホーフブルク王宮に到着。王宮は華麗なバロック様式で 2600の部屋 190の中庭があるそうで 大勢の人で賑わっています。
街なかに100個もある 世界初のコイン式体重計を点検する夫婦。
通り沿いに ウィーン国立歌劇場、ウイーンフィルの母体になっています。
旧市内の内側に入っってみると ベートーベンも演奏したことのあるカフェでくつろぐ人達。
聖ペーター教会 は18世紀に再建されたバロック様式建物で 自作の曲を演奏するオルガン奏者に会いました。
街のシンボル シュテファン大聖堂では、黒ずんだ大聖堂の修復を行う職人さんに会い見せてもらった。
137mの尖塔とモザイクの屋根をもち 荘厳なゴシック建築で 内部の天井には聖母マリアが天に召されたときの様子のフラスコ画が描かれている。巨大なパイプオルガンに圧倒される。
古楽器博物館がありました。ハプスブルク家の君主らは音楽を愛し 手厚く庇護し 1781年 ウィーンに モーツアルトが移り住み、ベートーベンら多くの人が集まり 活躍しました。
馬車が車と同じように走り、当時 社交場になった 雰囲気のあるアーケードでは、カフェでワインを楽しみ「居心地の良さがウィーンの魅力」と語る男性がいた。
ウィーンの街中に ぶとう畑がありワインを作るそうです。
旧市街の外側にある ハプスブルク家博物館 屋上にミツバチを飼う人がいた。屋上からみる ウィーンは 緑が多く 空気もきれい 水も最高で 市内に7~800人もの養蜂家がいるそうです。
路地の工房で銀のスプーンを作っている若者がいた。この工房では300年前のカトラリー(刃物)の型が今も使われている。
夜のワイン居酒屋では、ウィーンの歌を歌い楽しむ人たちがあふれていた。

◆ちょっとより道
ウィーンから電車とバスを乗り継いでおよそ2時間、幻の花エーデルワイスを探しにラックス高原へ。
出会った専門家に 険しい山にある エーデルワイス を見せてもらう。 花びらのように見える白い部分は葉で、日差しや乾燥から植物を守るため綿毛で覆われています。
昔 男性は険しい岩場でエーデルワイスを摘み 女性にプロポーズしたそうです。

世界ふれあい街歩き 選「アルプスの見える街 ジュネーブ〜スイス〜」

NHK BSP 2021.12.11 初回放送
フランスとの国境沿いに 広がるスイス第2の都市 ジュネーブ、140mの高さまで吹き上がるレマン湖の大噴水が ジュネーブのシンボルの1つとなっている。永世中立国の「外交の街」ゆえに人口の4割は外国人で、世界保健機関や赤十字国際委員会、世界銀行、国連など世界最大規模の組織がいくつも拠点を置いています。
旧市内の入り組んだ迷路のような石畳の通りには 手廻しのオルガンを弾くおじいさん。
左右対称の精巧な切り絵を壁いっぱいに展示しているギャラリーの女性主人。
小説『フランケンシュタイン』人間の死体をつぎ合わせて怪物を作り出したことで起きる悲劇のストーリー 実は19世紀のジュネーブで生まれました。街には恐ろしげな怪物の銅像が立っています。
周辺各国の名店シェフが集まって開いた 瓶詰めの料理店の開店に、日本人の奥さんがいるシェフに声をかけられた。
街の中心から離れた場所で、ひときわ繁盛しているカフェ「もう一つの居場所」ご主人はお客さんとテラス席に座り 談笑していました。絵も描くというご主人の案内で店内の壁には多くの作品が飾られ 奥にはアトリエもあった。ご主人は実はトルコのクルドの出身 難民でやってきて 奥さんと出会った。
ブールドフール広場で宝探しを楽しむ多国籍の子供たち。

「より道」は“チーズの女王の里” グリュイエール へ 。電車で2時間ほど ロープウエーに乗り 着いたところは “スイスの原風景”のような雄大な草原の広がる牧場へ。駅前のチーズ工場の案内を受け 5か月 熟成するチーズがずらり並んだ熟成庫は壮観でした。レストランでチーズフォンデュ。
夕暮れどきにレマン湖に戻ると、夕日に染まるモンブラン、対岸の]町並みも見事でした。

関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅 オーストリア編

NHKBS 2016.2 初回放送
旅のはじめ ブレゲンツへ ドイツ・スイス・オーストリア 3カ国の国境に接する ボーデン湖が見渡せる高台に 国境は分からなかった。

1日目 ブレゲンツを出発 オーストリアはほとんどの駅で 券売機で切符が買えます。インスブルックまで37ユーロ 有効期限は2日間で 途中下車も可能。OBBオーストリア連邦鉄道が運行する railjetで ドイツやスイス、チェコにも乗り入れています。
アルプスの山あいを駆ける。結婚前夜に女子会をする一行と出会う。ザンクト・アントンで途中下車 ここは夏は避暑地で 冬はアルペンスキーの本場として人気を集める。昔は標高およそ1300m アルブスの険しい山々に囲まれ 交通の不便な集落でした。たくさんのハーブを育てる農園がありました。昔から自家製の薬が作られていて ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。ハーブティーや蒸留酒やクリームや入浴剤に。キンセンカの花をオリーブ油に浸しつくるキンセンカクリームは肌に効く。
インスブルック駅に到着

2日目 インスブルックを散策。650年もの間ヨーロッパの中央を支配続けたハプスブルク家の宮殿が置かれた。イェンバハ Jenbach で乗り換え ツェル・アム・ツィラーへ、車両はガラスの扉で仕切られた コンポーネントタイプ 開いていれば自由に座ることができる。
オーストリアの西は3000m級の山々が切り立ち 東には平原地帯が広がる。面積は北海道とほぼ同じ。およそ850万人が暮らす。電化されておらず青い機関車が赤い客車を引っ張る。
ツェル・アム・ツィラーチロル地方にあり 近郊のホーエ・タウエルン公園に行くと たくさんのパラソルが開き ランゲルンという格闘技(13世紀頃から 相手の背中を地面つけたら勝ち)の大会が開かれていた。

3日目 ツェル・アム・ツィラーからイェンバハに戻ります。単線区間なので 機関車が客車を押していきます。
ウェルグルで乗り換えキッツビューエルに到着。山あいの道を進むと牧草地帯が広がる。高原と言っても連日暑い日が続く。アレルギーの出にくい ヤギの乳でチーズ作り

4日目 チロル地方を抜けて ザルツブルクへ。氷河によって作られたツェラー湖 の湖岸を走る。
ザルツブルクの駅は白い建物。ザルツは塩のことで 中世この地を治めた大司教は 周辺の地域で採れる岩塩で莫大な富を得た。旧市内は世界遺産に登録されている。モーツアルトの生家が博物館になっています。当時使われていた台所を見て コーヒーも飲んでいた。旧市内の ゲトライデ通り(ゲトライデガッセ) でどの店も手の込んだ美しい鉄細工の看板が600年前から 設置されていて、人々の目を楽しませてくれます。

5日目 ザルツブルクから ザルツァハ川沿いに南下 シュタイナッハ=イルドニング に到着
バード・アウスゼー で下車 街の人の服装を見て 軒を連ねる民族衣装の専門店へ。ハプスブルク家のヨハン大公の好んだグリーンとグレーのスタイル。
山あいの岩塩が採れる一帯を走ります。岩塩はハプスブルク家に繁栄をもたらした1つです。
ハッシュタットの駅に到着 坂道を降りると湖で、渡し船に乗り 対岸の村に。ハッシュタットは2億5000万年前までは海の底でした。地殻変動によって海底が隆起し 長い年月をかけ このような風景になりました。湖岸の斜面には三角屋根の家々が建ち並ぶ。7000年前からの岩塩の採掘場があります。ここで採掘された岩塩は白い黄金と言われるほど高値で取り引きされた。採掘場は見学でき 滑り台で入りました。

6日目 ハッシュタットから北上 アットナング・ブフハイム
ヴェルス で下車、オーストリアは17世紀末 ウイーンのカフェが誕生以来 いたるところにあり カフェが社交場に。エスプレッソに温かいミルクを加えた メランジェも定番の1つ。カフェで話を聞いた 男性 実は貴族で ハプスブルク家とも親戚で かつて住んでいた クレムゼック城を案内してくれた。
アムシュテッテンを経てメルク

7日目 メルク を出て 1両編成でなだらかな農村地帯を東に ザンクト・ペルテンで乗り換え
ウイーン西駅に到着。2015年9月5日 ウイーンにシリアなどから多くの難民が到着していた。ボランティアが食料を配っていた。
ウィーンは ハプスブルク家が築いた都で世界遺産 ウィーン歴史地区に指定されている。
街の中心にはシュテファン寺院王宮など並ぶ。ハプスブルク家は多くの民族を抱えながら発展してきました。今も様々な民族が暮らす 国際色豊かな都市です。人口増加の解決策を考えている学生に会う。

8日目 ウイーンから南へ 世界遺産の山岳鉄道 ゼンメリング鉄道を走る
ガラス張りの ウィーン中央駅を出発。途中から ゼンメリング鉄道に入る 標高およそ1000m アルプスの峠を越えて進む ゼンメリング鉄道は 19世紀半ば ウイーンとイタリアを結ぶ路線として開通。
高さ46m、長さ187mの石造りのカルテリンネ橋ゼメリング駅で下車。駅に記念碑があった。
オーストリア第2の都市グラーツに到着。グラーツはオスマン帝国の侵攻を防ぐ砦になった街でした。
今でも3万点の大砲や銃・槍や刀 甲冑が残されている。
グラーツの旧市街を歩いているとユダヤ音楽を演奏するインターナショナルな団体がいた。
グラーツからおよそ40キロ南に行くとスロベニア。そして東におよそ60キロ行くとハンガリーです。

9日目 グラーツを出発し カボチャの畑の農村地帯を抜けフェーリング という農村で下車。カボチャは種から油を取り、残りは家畜のエサに。
ウイナー・ノイスシャットを経て ウイーンに戻る。

10日目 ウイーンから キッツエー(キットゼー)までおよそ70キロ、この旅の最後の列車です。
キッツエーの向こうは 国境を越えスロバキアです。
はるかにドナウ川が望めます。ヨーロッパ大陸 10カ国を貫く大河です。(こちら ドナウ川 船の旅)

桃源紀行「アウロンツォ・ディ・カドーレ(イタリア)」

NHKBS 2017.11 初回放送
鉄道の旅でも出てきた ドロミティ オーストリアとの国境近くに広がる北イタリアの山塊で、荒々しい岩肌が剥き出しの山並みや独特な灰色の岩肌が特徴です。2200mにある山小屋のご主人が案内してくれました。
ふもとの アウロンツォ・ディ・カドーレ 3300人が暮らす南北に細長い村。
ドロミティには3000mを越える峰が18もある。案内してくれたのは ワイヤーを張った天空の道 ヴィアフェラータ は 100年前作られた。現在の国境は10キロほど北、第1次世界大戦前 国境を争い戦った跡があちこちに残る。
13の山小屋をつなぐ 90キロの国境なきドロミティを目指す レーゴレという協同組合がある。
近くの ピエベ・ディ・カドレ にレーゴレの本部があり,15世紀から 20以上の地区の土地を共同使用してきた。薪もレーゴレが採る場所を割り当ててきた。レーゴレの経営するレストランもあり若者の雇用に役立っている。

風をつかめ 15min! ヨーロッパアルプス大縦断レース

NHK BSP 初回放送2019年12月
Red Bull X-Alps 2019 (レッドブル・エックス-アルプス2019)
世界20カ国 32選手が参加
【期間】2019年 6月16日~
オーストリア ザルツブルク市内のモーツァルト広場からスタート、モナコ モンテカルロ 沖合に浮かぶ ゴール地点まで約1200kmを、アルプス山脈に設けられたいくつかのチェック・ポイントを通過しながら、パラグライダーと徒歩のみで約2週間かけて移動するレース。

レース中 自分でパラグライダーなど必要な道具 約13kg背負って歩く。
チームにサポーターが付いている。
移動禁止時間を22:30から5:00までとする
ナイトパスを使って、レース中に1度だけ移動禁止時間中に行動する事ができる

Red Bull X-Alps チェックポイント
ザルツブルク(オーストリア)
1.ガイスベルク(オーストリア)
2.ヴァークライン(オーストリア)
3.アシャウ・イム・キームガウ(ドイツ)
4.プラン・デ・コロネス(クロンプラッツェ)(イタリア)
5.レルモース / ツークシュピッツェ(オーストリア)
6.ダボス(スイス)
7.ティトリス(スイス)
8.アイガー(スイス)
9.モンブラン(フランス)
10.サン=ティレール(フランス)
11.モンテ・ヴィーゾ(イタリア)
12.シュヴァル=ブラン(フランス)
13.ペイユ(フランス)

1)波乱の幕開け
パラグライダーで風をつかみ、オーストリアからモナコまで、ヨーロッパアルプスを越えてゆく過酷な冒険レース「X-Alps」。レース初日、スタート地点のザルツブルクから5キロ先のガイスベルク の山頂を目指し駆け上がり パラグライダーで飛び立った選手たち。なかなか先に進まず上空で旋回を繰り返して上昇気流を見極め 目的に向かう風に乗るのが飛距離を伸ばすテクニック。
ところが雨が降り天候が悪化 上昇気流が使えなくなり ついには歩くことに。そんなときショートフライトと呼ばれる 高いところから短く飛ぶ方法を使う。
トップを走るのは 絶対王者 クリスチャン・マウラー(スイス)
悪天候の中 人間機関車 トマ・ココネア(ドイツ)が自慢の足でトップに躍り出た。
ヴァークラインに午後9時47分にトマ 1位で到着、30分後 10時26分にクリスチャン到着。その直後の10時半をもって1日目のレースは終了。選手の行動可能時間はAM5:00~PM10:30 フライトはAM6:00~PM9:00と決まっている。行動はGPSで厳密に管理。選手はサポーターと交流し車やテントで寝泊まりする。
日本から唯一参加のレジェンド扇澤 郁がレース中に1度だけ移動禁止時間中に行動する事ができる ナイトパスを使って トップに出る。(35km 夜通し歩いた)

2)緻密な頭脳戦…トップに立つのは扇澤。攻略のカギは、30キロに渡る巨大山塊・ホーホケーニッヒ(標高 2941m)。ショートフライを繰り返しふもとに行き、中腹に登り、上昇気流に乗る作戦。マウラー達も直ぐ後ろからテークオフ。コース選びが違っていた。マウラー達は 上昇気流を待って 高度を上げ 山の尾根(リッジ)では連続して上昇気流が起こるので それを利用し 壁伝いに長く高く飛ぶ。次のチェックポイント アシャウ(ドイツ)に最初に着いたのはのはマウラー。扇澤は途中で着地 歩いていた。

3)突入!アルプス山脈…マウラーの後をマクシム・ピノ(フランス)が追っていた。アルプス山脈へ突入する。クロンプラッツェ(2275m) 眼下に広がる白銀の世界。4000メートル級の峰々を飛び越えてゆく。マウラーは65キロダイレクトに飛び 20分差でピノが続く。

4)明暗を分けた雷雲…レース3日目、上位争いは激しさを増す。アルプス越えに挑む ピノはダイレクトにレルモースに、マウラーは8キロ手前で失速山を登る。 雷雲が発生し同時に飛び立つ。3位グループも雷雲に リスクを恐れず、果敢に攻めてゆく。

5)最難関ティトリス攻防戦 … レースも中盤 ダボス をマウラー 30分遅れた ピノは100m高いところに登り 飛んでいく。いよいよ今大会最難関のチェックポイント ティトリス(3238m)へ、雪山の山頂にサインボードが置かれている。この難関の頂へ マウラーは驚異のフライトでダイレクトに到着、ピノは途中失速 雪山登山で18時間遅れで到着 ホワイトアウトの中 晴れ間を見て テークオフ。
ティトリスに空から舞い降りたのはマウラーだけだった。

6)絶対王者の極意…レース5日目、舞台はアルプスの名峰ひしめくスイスへ。トップを走る王者マウラー、必死に追い上げを図る後続の選手たち。だが、絶対王者はその実力を見せつける。
チェックポイント アイガーは山の半径1500m以内に着陸すること、スイスで育ったアイガーは豪雨の中 山を登り パラグライダーが拡げられないほどの強風の中 ショートフライト を繰り返し モンブランに到着。ピノは56キロの差があった。雨にたたられ 歩き続け80キロに差が広がる。

7)王者vsルーキー最後の戦い…レース8日目。トップ争いも最終盤 マウラーは 85キロの差をつけていた。フレンチアルプス は着陸も テークオフできるところは僅か。高所から ロングフライトを狙う。チェックポイント11 モンテ・ヴィーゾは標高3841m 半径2250m以内を通過し そのまま次に向かい 一気に250キロ飛ぶ。
地元フランスの最強ルーキー ピノは チェックポイント10 サン=ティレールの手前から 、モンテ・ヴィーゾを300キロ 一気に飛んだ。
レース9日目 猛暑のため上昇気流が起きず飛ぶことができない。共にショートフライト繰り返す。
レース10日目 マウラーは 最終チェックポイント ペイユに到着 6連覇を決め、モナコに最終フライト。
レース11日目 ピノはペイユに 2位で到着

8)奇跡を生んだ3位争い…レース最終盤、しれつな3位争いが始まっていた。中盤以降3位をキープし続けるグシュルバウアーと猛烈な追い上げを見せるブノア。 残り100km地点でついに2人は並んだ。同じ場所に宿泊 翌朝 共に歩き出す。地理に詳しいブノアと フライトに勝るグシュルバウアーが協力してコースを選ぶ。シュヴァル=ブラン 途中ブノアが木にひっかっかると待っていて 共に3位でゴール

9)レジェンド扇澤郁の秘策扇澤 郁 59才 最高齢で日本から唯一の参加、過去 4回参加して 完走は1回。初日 GPS落とすアクシデント、小型のパラグライダーで3kg軽量化。レース中に1度だけ移動禁止時間中に行動する事ができる ナイトパスを使って トップに出る。(35km 夜通し歩いた)

10)レジェンド扇澤郁の意地…中盤でミスが重なり、下位に転落。苦しいレース展開となった。
ダボスを26位で通過、ティトリスでは雪山を5時間登山 山頂から40キロフライト。限界を越え自らを奮い立たせながら進む。12日間で908キロ飛び 537キロ歩いた。

11)不屈の挑戦者たち…レバノンから初参加したロドルフは、生まれながら左手が不自由な息子に、困難に立ち向かう姿を見てほしいと参加を決意。過酷な戦いに挑む。ポーランドの女性も雨にたたられ思うように飛べず最下位争い。このレース 4日目のAM6:00から48時間毎に 最下位が失格で ロドルフが失格になった。旦那さんがサポーターの女性も参加したが中盤で失格になってしまった。


12)親子で挑んだ1200km…レース前半9位につける大会最年少24歳スイスのパトリック。好調な彼を支えるのは、父フリッツだ。パイロットだった父は レースの厳しさを熟知している。ティトリスでは標高差1500mの雪山登山を父が先導し5位に、途中155キロのロングフライト。最終日 沢に不時着 父と夜歩き 無事8位で完走できた。

一本の道 15ミニッツ「オーストリア・チロルの里を歩く」

アルプスの麓に位置するオーストリアのチロル地方を歩く。レヒ川に沿ったトレッキングコースを進み、ゴールは国境を越えてドイツのフュッセン
オーストリアからドイツに流れるレヒ川沿いには、「レヒの道」と呼ばれるトレッキングコースが整備されている。その後半の60キロをチロル出身の案内人とともに歩いた。

エルメン:花の中 レヒ川沿いに
シュタンツァハ:1泊 、つり橋渡り 湖
・シュタンツァハ:渓谷
・ホルツ
プフラッハ
アルブ湖
— 国境 ドイツ —–
フュッセン カルバリアンベルク(ノイシュヴァンシュタイン城)
巡礼地だった神聖な丘がゴール

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