GoogleマップでWeb旅行!シルクロード トルコ・中央アジア・・河西回廊

NHK BSP で 体感!グレートネイチャー SP「シルクロード絶景地帯をゆく」を見ました。
シルクロードは 大陸衝突の大地殻変動で生まれた地形 そこから生まれた自然資源の石油・天然ガス・金・宝石など。るりなどの鉱山資源が豊かな色彩の壁画に使われた。カッパドキア 火山灰の凝灰岩がキリスト教徒の隠れ家になった。
シルクロード 謎の民 少数民族ヤグノブ人の話。

すぐ忘れてしまうので 備忘メモです。
Googleマップ 中国語で目的地を探しずらいので マーキングを保存して 登録されている写真を 楽しんでます。

Googleマップ

見たい場所のマーカーを選ぶと Googleマップからの写真左側が表示されます。
Google マップで見る をクリックすると 新しいタブで Googleマップが開きます。
写真をクリックすると 右側に大きな写真が表示されます。  で前の・次の写真へ
Googleマップに登録されている写真が楽しめます。実際に行けたらなと思います。

北山山脈と祁連山脈の間 河西回廊 極彩色の石窟の壁画

莫高窟は735もの石窟が2kmに渡ってある。仏教徒の祈りの場所として造られてきた。
中は豊かな色彩で彩られ 荘厳な美しさがある。緑・金・青(ラピスラズリ)・赤 どれも シルクロードの地中から産出される。
赤は 敦煌から東へ600kmの 張掖(現 120万人)というオアシスの近郊 七彩丘陵(丹霞国家地質公園售票処)の鮮やかな赤土が使われた。七彩丘陵は黄色・白・グレー・オレンジ・赤 筆で書いたようなグラデーションが見られる。色が赤いのは地中に含まれる鉄が酸化したもの。ここは昔海の近くだった。

祁連(きれん)山脈は インド亜大陸が北上してユーラシア亜大陸と衝突したヒマラヤ造山運動で 大陸内部が隆起し 青蔵高原(チベット高原)北山山脈祁連山脈ができた。祁連山脈には大きな氷河があり 溶け出しオアシスが点在した。
蘭州から敦煌にかけて 北側の北山山脈、南側の祁連山脈の谷間が 河西回廊(黄河の西側にある)と呼ばれ シルクロードになっています。

石窟 楡林窟麦積山炳霊寺石窟 にも鮮やかな色彩がある。

天山山脈と崑崙山脈を通る3ルート 天山北路・天山南道・西域南道

敦煌の先 に交易地のトルファンがあり近くの 火炎山は 西遊記の鉄をも溶かす炎の山で98kmにも渡って拡がる。
天山山脈の北のルート天山北路天山山脈の南のルート天山南道、タリム盆地(タクラマカン砂漠)の南・崑崙山脈の北のルート 西域南道 がある。

イランも大地殻変動が造ったルート

シーラーズ:シルクロードの絹織物 ガラスなどの工芸品が集まる交易拠点で 近くに 紀元前6世紀に栄えた アケメネス朝の王宮 ペルセポリスがある。
Pasargadae World Heritage Site:ペルシア帝国アケメネス朝の都だった古代都市の遺跡

イラン南西部の 全長1500kmのザクロス山脈 、 絶景のバラザルト山のシレツ渓谷(探せない)では 断崖にテラス状の地層が幾重にも重なっている。
大地殻変動で海底が隆起 雨や風が長い年月をかけ大地を削ってできた。
さらに奥の 4000m級の峰々、地層が大きく逆くの字と くの字に ぐじゃぐじゃに曲がっています。

最高峰デナ(ディナール)山 はアフリカプレートから アラビアプレートが分裂し ユーラシアプレートに衝突し ザクロス山脈が誕生、その力は内陸部まで及び 北のアルボイズ山脈や 中央部のイラン高原も隆起させた。
シルクロードは この2つの山脈と イラン高原を縫うようにして伸びていった。

すろー
すろー

大地殻変動、案内の先生が驚いていましたが、私もびっくりしました。これなら日本沈没もあり得るかもしれません。天地異変 恐ろしいです。

中央アジア 天然ガスや石油が豊富

地殻変動はあまり及ばず ゆったりしたシワの谷の部分を シルクロードが走っている。
山脈には氷河があり 水を ふもとに供給でき オアシスが点在したので 旅ができた。

シルクロードを運ばれる物は 大地に関わっていた。

トルクメニスタン メルブ はシルクロードで数千年前から栄えていた。モンゴル人に壊される前まで 数十万人が暮らす 中央アジア最大の交易の拠点でした。

ここで 金 めのう トルコ石など 地中から産出された。
今も 大絶景の中に隠された恵みがあります。
トルクメニスタン の首都 アシガバート(是非 グーグルの写真ご覧ください)
深夜の夜景 SFに出てくる未来都市のようで、街を歩く女性 コイネックという民族衣装に身を包んでいる。ギネスにも登録された 世界で最も白い町で、しかもすべて大理石。

この国には大地が生んだ自然の恵みがあり 膨大な資金源になっています。
ラクダのいるカラクム砂漠を行くと 直径50mほどのクレーターがあり 泥火山で天然ガス が噴出しています。
500km離れた ダルヴァザ・ガス・クレータ(地獄の門)は採掘しようとしたら事故で大量のガスが発生 危険なので火をつけたら50年以上燃えているそうだ。
しかし トルクメニスタン大統領「地獄の門」の閉鎖を指示するニュースがあった。(2022.1)
天然ガス トルクメニスタンは世界第4位の埋蔵量で、イランは2位、 14位の北のカザフスタンにも拡がっています。

現在のシルクロードに張り巡らせたパイプライン。
カザフスタンはモンゴルから続くシルクロードの北のルート 草原の道が走っています。
北方からの毛皮 めのうなどが運ばれました。
真っ白な塩の大地が拡がっています。その先はミラーレークになっています。
トゥズバイル湖(探せない)はテチス海の名残です。テチス海は豊かな海で 1億年以上かけ天然ガスがたまるようになり大陸隆起により現れた。[近くの オゼロ・バルサケルムスも塩湖]
石油も同じく トルクメニスタンやカザフスタンに 多く眠っている。

すろー
すろー

トルクメニスタン の首都 アシガバート 発展して すごいことになっていますね。
今までと イメージが変わってしまいます。今大混乱のウクライナ近いです。
パイプライン も話題になっていますけど ここなんですね。

高価だったラプトラズリ 世界に

シルクロードの時代 鉱石のラピスラズリ るり が取れていた。
テチス海の生き物が石灰岩になって 岩石が 大陸衝突で 活発になったマグマの熱で変性してできた。
特殊な条件でしかできないので生産が限られ 金貨の2倍で取り引きされていた。

ラピスラズリはエジプトの黄金のマスクの青い縞模様に使われていた。
トルコ石も同様に造られた。日本の正倉院の宝物にもちりばめられていた。

トルコ カッパドキア 火山が造った奇岩と隠れ家

ボスポラス海峡:トルコのヨーロッパ部分とアジア部分を隔てる海峡
イスタンブール
コンスタンティノープル:ローマ帝国、ビザンティン帝国、オスマン帝国の都として1700年栄華を誇ってきた。ここに集積する莫大な富について争ってきた。

カッパドキア(世界遺産 ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群)は小アジアとも呼ばれるアナトリア半島の中央部にある。
巨大なキノコのような岩がぎっしり。52000平方キロメートル 凡そ四国と九州を合わせた面積。
シルクロード交易の覇権、宗教を争う激しい攻防の舞台だった。
7世紀 ビザンティン帝国のキリスト教徒が暮らしてきたこの土地にイスラム教徒が侵攻し キリスト教徒は地下施設に身を潜めた。火山灰の凝灰岩を掘って長い間 多くの人は隠れ住んだ。
ネヴシェヒルの地下都市



ハッサン山に火山の証があった。
かつてカッパドキアに巨大な火山があって消滅した。 場所によって100mの火山灰を降らした。

11世紀セルジューク朝が進出 キリスト教徒との対決。
岩をくりぬいて隠れ蓑とした教会 暗闇教会にこもり 祈った。壁面のフレスコ画にキリストの生涯が描かれている。教会は放棄されていた。

フレスコ画も莫高窟の壁画も シルクロードの大地に刻まれたアートでした。
タリバンに破壊されたアフガニスタンの バーミヤンの仏教遺跡も崖に刻まれていた。

シルクロードは命がけだった。
中国の 魔鬼城:常に強風が吹き 異様な風音が鳴り響いていた。

すろー
すろー

シルクロード 驚きの連続でした。ノスタルジックを感じて 見始めたんですが …
トルコの 宗教対立 本当にすさまじい。あのような地下都市に 何年も潜んで生きた。
初めて知りました。

シルクロード 謎の民 大峡谷に生きる

NHK BSP 2019年1月初回放送
中央アジア・タジキスタン。首都 ドゥシャンベから 北に向かい、雪解け水で荒れた道路を進み、ロバに荷物を積み替えようやくたどり着いた ヤグノブスカヤ・ステナの最も奥の村 ル 6家族 37人が暮らす。3000m級の山々に囲まれた大峡谷で、少数民族ヤグノブ人が貨幣すら使わない伝統の暮らしを続けている。
冷たい雪解け水で遊ぶ子供達、大人は冬の間埋まった水路を掘り起こす。牛にスキを引かせ 芋とソバを栽培。フジャポイさん 7人の子供,家畜の糞と土を混ぜ乾燥 燃料に、自家発電で照明をまかなう。羊とヤギを100頭飼っていて 乳を発酵させ塩をいれ 丸め乾燥、そのまま食べたり 煮たりする。
上の2人をドゥシャンベの学校に通わせている。その費用など 育てた羊を 一昼夜かけ ドゥシャンベまで連れて行って 家畜市場で売り賄う。

現在の中央アジア ウズベキスタンの都市サマルカンドを中心としたソグディアナ地方を原住地とするイラン系民族で、古くから内陸のシルクロードでの交易に従事していたソグド人。8世紀アラブ人の王朝が攻めてきて東の山に逃げ延びたと考えられる。
このソグド人とヤグノブ人の言葉 ほとんど同じ単語を使い 同じような楽器 ゾロアスター教の拝火壇に残る三方向に伸びる冠の形であり ソグド人の末裔だったと考えられる。
日本の法隆寺の白檀の香木にソグド商人の使っていた ニーム(1/2) スイール(重さの単位)の焼き印がある。

タイトルとURLをコピーしました