GoogleマップでWeb旅行!大航海時代が生んだ世界遺産

15世紀末 オスマン帝国のため南インドのコショウが手に入らなくなって、 ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマがアフリカの喜望峰を回りインドに、さらにマラッカ海峡、シンガポール、マカオを経て日本まで大航海した。

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大航海時代が生んだ世界遺産

TBS 2024.2.4 世界遺産
15世紀末 大航海時代ポルトガルの冒険家ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカの喜望峰を回りインドにたどり着く新航路を切り拓き始まった。
■シェーンブルン宮殿世界遺産 オーストリア・ウィーン)
ハプスブルク家の夏の離宮、この中に 中国趣味(シノワズリ)の部屋がある。ヨーロッパ貴族は東洋の文化に憧れがあった。
■ジェロニモス修道院 (世界遺産 ポルトガル・リスボン)には、ヴァスコ・ダ・ガマの棺がある。15世紀半ばにオスマン帝国に南インドへのコショウの道が閉ざされた。世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」
■ベレンの塔 (世界遺産 ポルトガル・リスボン) 白く帆船のような優美な外観で、テージョ川を監視し、リスボン港を守る要塞として建設された。
1497年にヴァスコ・ダ・ガマはリスボンを出発した。水の替わりに腐らないワインを積み込んだ。
4ヶ月後 アフリカの喜望峰を超えた。ここに「ヴァスコ・ダ・ガマ航海記念碑」が建てられている。

■ソコトラ諸島(世界遺産 イエメン)は、 奇妙な形をした植物がいっぱい。閉ざされた島でが独特の進化を遂げた。巨大のキノコのような形の竜血樹の赤い樹液は止血剤になり高値で取り引きされていた。10ヶ月後 南インドに到着。ここでしかとれなかった 貴重なコショウがヨーロッパに運ばれた。
インド南西部にある港町ゴアにポルトガルに貿易の拠点を作った。次々と宣教師がやって来て密林を切り開き 多くの教会が建った。「ゴアの教会と修道院」として世界遺産になっていて、宣教師フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されているボン ジェズ教会
マレーシアの マラッカ海峡は インド洋と東南アジアを最短で結ぶ航路で東西交易で栄えた。
世界遺産「マラッカとジョージタウン、マラッカ海峡の古都群」ペナン島の ジョージタウンは、中国からの移民が桟橋に沿って家を建て暮らし始めた。沖の船と桟橋との間で物資を運んだ。
マラッカは16世紀 ポルトガルが征服 港に築かれたサンチャゴ門は今も残る。やがて ヨーロッパの国々が進出した。オランダ広場
シンガポール 19世紀初頭 イギリスの植民地になった。創業1887年の 最高級ホテル ラッフルズ・ホテル 世界遺産「シンガポール植物園」は3000種ものランを栽培する世界最大のラン園で、国賓を迎えるとシンガポールでは新品種のランにその名を付けるのです。

■マカオ 16世紀 ポルトガルの支配下に置かれます。世界遺産「マカオ歴史地区」 町の中心の繁華街 セナド広場には ポルトガル風の石畳が敷かれている。壁だけの聖ポール天主堂跡、マカオ最古のアズレージョが残る 市政署

大航海時代の日本は戦国時代でした。世界遺産石見銀山」があって、ポルトガルは戦国大名に鉄砲を売り 銀を手に入れ 中国で磁器やシルクを買い付けた。
宣教師ザビエルが伝えたキリスト教は、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として残っている。五島列島の頭ヶ島天主堂旧五輪教会堂旧野首教会 は 弾圧を恐れ 潜伏キリシタンと呼ばれる人々が信仰を守り続け 信仰が許された明治以降に建てられた。
宣教師の養成を目的に大神学校「天草コレジヨ」が造られ グーデンベルグの活版印刷機も伝えられ 1593年に活版印刷されたイソップ物語が残っている。
(終)