GoogleマップでWeb旅行!李白長江を行く& 中国 大路通天 中国横断国道318号線

NHKBS 空旅中国 李白長江を行く(南京から三峡へ) 大路通天「中国横断・ヒッチハイクの旅」見ました。詩が残って歴史が証明された。中国の今の姿 すぐ忘れてしまうので 備忘メモです。

Googleマップ 中国語で目的地を探しずらいので マーキングを保存して 登録されている写真を 楽しんでます。

Googleマップ

見たい場所のマーカーを選ぶと Googleマップからの写真左側が表示されます。
Google マップで見る をクリックすると 新しいタブで Googleマップが開きます。
写真をクリックすると 右側に大きな写真が表示されます。  で前の・次の写真へ
Googleマップに登録されている写真が楽しめます。実際に行けたらなと思います。

NHKBS 空旅中国 李白長江を行く(南京から三峡へ)

初回放送日: 2022年1月29日 語り・宇崎竜童
唐代の詩人 李白(701~762)は大河 長江流域の出身。都で活躍も失敗し長江に戻り 旅が始まる。

長江の河口は 幅40kmもあり 中州に60万人 住んでいる。 遣唐使がついたところ。
李白はダイナミックで自由奔放な作風 「白髪三千丈
400km さかのぼり 南京へ 南京河西城市生態公園
南京は3世紀 古代王朝の都だった。水上交通の要衝で 川の中州に灯台。
李白は西域に生まれ その後 蜀(四川省 成都)に暮らし 24才で旅に出た。商人の家なので科挙を受ける資格がなかった。宮廷から41才の時 声がかかり 宮廷詩人になり 長安で 玄宗 楊貴妃をたたえる詩を残すが やがて宮廷を追われた。
中国では学校に行く前から子供に 李白の詩を覚えさせる。

秦淮河 Qinhuai He 唐の時代からある 南京きっての繁華街
・安徽省 査済古村 昔ながらの製法で作られる餅米の「米酒」度数は8度。
親しかった杜甫は「李白は酒を1斗飲むと 詩を百篇作る」と書いていた。

はるか チベット高原の氷河に源を発す6000 キロ 流れる長江。
1300年前 長江をゆく船の上にいた。朝廷を首になったのち 都長安を去って 各地を巡るうちに いつか来た道 長江に戻ってきた。そして 長江を上っていった。

向きを変えずに乗り降りできる 左右対称の渡し船、長江に20世紀後半まで橋は架けられていなかった。
野菜を運ぶ農夫が乗っていた。ここには 青空市場 大通水駅が置かれ 大通古鎮と呼ばれていた。

魏万は李白の大ファンで何千キロも追いかけて ついに巡り会った。
李白は感激して 詩の編纂を魏万に頼んだ。

都での活躍ゆえ各地で歓待された。
ある村から 招待状が届いた。「桃の花が10里も続き 酒屋が1万もある」の誘い文句で訪れた 長江支流の桃花潭。山紫水明 桃源郷のような村だが「桃花」という川と「万」という酒屋だけしかなかったが 李白は満足した。

李白はもう一度都で一花咲かせたいと思った。
朝廷に反乱が起きたという。動乱から氷河に削られた岩山の廬山に身を隠す。
ここの五老峰に隠れ「廬山の瀑布を望む」銀河が天からら落ちてきたと詠った。
千人洞:李白も少年時代から 道教に強く惹きつけられていた。道教は仙人となって現実世界を超越し不老長寿の薬を得て 自然と生きることを理想とした。

朝廷から混乱を避けるために 派遣された皇太子永王が 参謀に迎えたいと言ってきた。
李白は 兵を率いる軍船に乗り込んだ。
廬山のふもとに拡がる 鄱陽湖 中国最大の淡水湖(今は渇水期で1割程度の大きさに縮む)広大な湿地は野鳥の楽園だ。

まもなく 永王 は玄宗皇帝の跡を継いだ兄と仲違い、やがて反乱軍として殺されて、李白も一味として捕まってしまう。
鄱陽湖の畔 靴山島 天女の忘れてきた靴がに似ているのが由来だそうだ。

河北省 洪湖市 一面に拡がっているのは カニの養殖場。李白も詠っていた。

流刑になり さらに上流 野郎(可楽古夜郎遺址)に流されることになった。

武漢に古くからの 黄鶴楼がある。李白は若き日 訪れたことがあった。囚われの身ながらも 宴会を開いてもらった。
普通なら3ヶ月で行ける道のりを あちこちの宴会に呼ばれ 1年以上かけていったというから驚きだ。

河口から1300km 地平線の彼方まで続く 曲がりくねり直線で80Km 実際は3倍の長さがある。
中国を貫く大きな龍も時に牙をむく。
ここは水上市場。川底の砂が商品。船に積まれて売られる。買い手も船でやってくる。
長江が長い時間をかけて運んで来た砂。暴れ龍の置き土産だ。

はしけに大型車自動車が何台も積まれ それを船が押している。ミニカのようだ。さすが長江、中流に入ってもスケールが違う。

長江につながる洞庭湖(どうていこ) 中国第2位の広さの淡水湖、琵琶湖の4倍。
湖の畔に建つ岳陽楼。唐代には「天下の楼」とうたわれ 李白も訪れた。
古来ここからの眺め絶賛された。

長江中流 この一帯は湖が多く 1000年前の人々は選りすぐりの8つの絶景を 瀟湘八景(しょうしょう はっけい)と名付けた。日本でも○○八景 金沢…、近江…と呼ぶようになった。
洞庭湖で見られる八景は 遠浦帰帆(えんぽきはん)と洞庭秋月
中国では 中秋の名月は 一家団欒を楽しむのが習わしだった。

洞庭湖に注ぐ 汨羅江(べきらこう) 。ここに一面咲き誇るのは タデ科の花、あの「蓼食う虫も好き好き」の蓼です。さらに1000年前 戦国時代 楚の詩人・政治家 屈原が川に身を投げ亡くなったところ でした。屈子祠がある。

屈原の悲劇を生んだといわれる ドラゴンボートの発祥の地。沖縄のハーリーや 長崎のベーロンもそれが伝わったものです。屈原を救うため多くの ドラゴンボートが川にこぎ出した。
ドラゴンボートの工房もこのあたりに集中し、船の先頭に 厳粛な作法で龍の頭が付けられる。

河口から1800kmの上流まで来た。山に挟まれて 川幅が狭くなってきた。
明月湾というところ 長江は三日月のように曲がり 凡そ70度の鋭角で急カーブする。
このあたりの風景は 李白が生きていたときと大きく変わった。この上流と下流にダムが相次いで作られ水かさが増した。(三峡ダム湖の長さは四川省重慶までの約600km)
多くの村が沈んだ、無事だった村もある。李白の訪れた村はどうか。

断崖絶壁が迫ってくる。罪人として運ばれる李白 流刑地の 野郎にも着々と近づいていく。
こんな上流にも コンテナ船。長江は上流も物流を支えてきた。山間部では陸上の道が頼りなかったため 船が重要な運搬手段だった。 灯台がここにもある。
ミカン畑の段々畑 、運搬用の機械が動いていた。
余家砦という村があり 数千人の村人がいて 山賊稼業で 船を見つけると積み荷を奪っていた。金目の物すべて奪って リレー形式で山の上まで運んだ。

どうやって 長江をさかのぼったんだろう。その答えが今も支に残されていた。
ナント 男達が歌で慰めながら 船を引いている。棹をつきさして船を進めていた。こんな急流つらかろうに 李白も詩に残していた。

歌の言葉には民衆の思いが込められている 社会の上に立つ者は それを注意深く くみ取らねばならない という考え方が中国にあった。李白が詩を武器に世の中を動かそうとしたのも 言葉の力を信じていたからであろう。

山が色づき始めている。標高が上がってきた。ここは巫峡 前後に大きな峡谷が連なりまとめて三峡と呼ぶ。李白が通ったのは冬だったらしい。
最近できた奇妙な展望台。ナント床がガラス張り。吊り橋もガラス張り、青い靴は滑り止めだそうだ。

特に三峡の中程には絶景が多く 古来12の嶺が優れていると言われてきた。その1つを李白が詩に詠んだ。「神女峰」古代楚の国で王様の夢に神女が現れ「私は巫峡の山の神女 雲や雨に姿を変え再び参ります」。これを引用して作ったのが都長安で宮廷詩人っだた時の作品。 李白が楊貴妃の美しさを褒め称えたのにクレームがついて 長安追放につながった。

Photo by TONY SHI HOU TANG on Unsplash

李白の詩を味わえるのも紙と筆があったからこそ、唐の時代からあった「宣紙」その産地が支流沿いにあります。安徽省小嶺村 今も100軒以上の工房があり青檀という樹を用い伝統的な工法で宣紙作る。
試し書きした 李白の詩の一節「日本晁卿」の文字 晁卿とは遣唐使として 唐に渡り政府高官になった阿倍仲麻呂のこと。李白と同世代で 仲良くしていたらこそ こうして残っている。

支流の1つ 小三峡 ダムができる前の水深の浅い昔の三峡の様子を残しているといわれる。

目のくらむ断崖絶壁 水平に走った亀裂の中に木の箱のようなものが並んでいる。懸棺と呼ばれるひつぎで 近くに住む少数民族のものだそうだ。

李白が三峡を通るときに創った詩には 逃げることもかなわない奥地、心労で老け込む我が身 悲痛な叫びが刻まれている。

河口から2000km 李白の船は三峡の最も奥 瞿塘峡(くとうきょう)に入った。
見えてきたのは 白帝城 三国志で知られる 蜀の劉備が没した地。

都から恩赦の知らせが届いた。朝廷が干ばつを止めようと 天に祈願するのに恩赦が行われた。
李白は 再び都に戻る喜びを詩に残した。
しかし 3年後 長江下流の村でひっそり生涯を終えた。享年61。

NHKBS 大路通天「中国横断・ヒッチハイクの旅」

上海からチベットを横断する 中国最長の国道318号線 G318 を中国人ディレクターがヒッチハイクする。今の中国を生きる人々は何を思うのか。絶景に美食、人情味たっぷりの出会いなど、今日の中国の息吹をつぶさに伝えるドキュメンタリー。

上海 郊外 G318 スタート、なかなか ヒッチハイクの車が捕まらない。(中国のクルマは右側通行でした)
ようやく 退役軍人の車に乗せてもらう。役人の世間話

江蘇省 京杭大運河を横断 …北京から黄河と長江を横断し、杭州へと至る全長1794km。紀元前5世紀に開削が始まり、6世紀に隋の煬帝が完成させた。

三輪バイクで 震沢へ 清の乾隆帝が西欧と向き合う
太湖:中国第3位の湖
善璉:筆作りの街 毛沢東時代は筆がよく売れた。国策の苗木ビジネスの社長と話す 子供の病気のこと聞く。
乗せてくれた人 実家が旅館 お客の話 誤ってコロナのアプリのボタン押したら アプリが真っ赤になって 、警官が来て、PCR検査させられた。陰性が認められ 正常な生活に戻すのが大変だった。年寄りは間違って押す事あるよね。

48時間以内のPCR検査 陰性の証明書を持って 安徽省九華山へ入った。ここは 厳しい仏教の聖地。1000m級の山々に80以上の寺がある。祭っている地蔵菩薩は地獄に落ちた人も助ける。中国は 近年 仏教ブームです。高台にたたずむ99mの地蔵菩薩像 。高低差400m 800段を超える階段、そこを 80kg以上の野菜を両天秤で 山の上の寺に運んでいる人がいた。1回900円程度で日に5~6回運ぶそうだ。

西に進むこと2日 今回の旅 初めて長江とで会う。濃い霧が発生 待たされて ようやく 連絡船で長江を渡る。安徽省 安慶市に着いた。

西へ進むこと1日で潜山市の山のふもとのレストランに。この地方では 客が厨房に入り 素材を選び 調理法を相談。まかないを食べてる 人と雑談を楽しむ。方言は難しい。

のせてもらった人と この辺「人がいないね」と話す。
安徽省 西部にさしかかる。高速道路ができ 国道318号を通る車は激減。起伏の激しいところで 再び 車は停まってくれず 歩き続ける。

11月下旬 旅を始めて1ヶ月近く 中国中部最大の都市 武漢に着いた。
コロナが起きて 武漢はどうなっているか 海鮮市場の方へ行ってみた。市場は移ったそうで フェンスが張られていた。近くのターミナル駅は人通りの多い区域だったが閑散として空き店舗が目立っていた。
国道に戻るタクシーで聞いた話。コロナは深い影を落としている。はじめは何も知らせられずに ロックダウン。20日くらい外に出られなかった。中国政府の発表で 感染者5万人以上 死者3869名でした。
コロナを完全に押さえ込みに成功したとして 今は長江を挟んだ両岸の高層ビルで盛大にライトショーを行っている。

武漢は100以上湖を持つ都市と言われる。その周辺は農産物が豊富な地域として古くから民謡に歌われている。武漢の南部にある 嘉魚(かぎょ)に寄り道して 李さんデュエットした。
嘉魚はレンコンの名産地。
ミャンマーでネットで詐欺を働いたと43名 支配指名されている看板が出ていた。若者ばかり しかも第2グループ 、貧富の差は拡大し ネットで豊かな暮らしを見る 若者の焦燥感半端ないと思う。自分が必死でがんばっても 絶対手に入らないとわかると。

武漢から 西へ200キロ 三国志の関羽ゆかりの街 荊州。旧市街を囲む城壁 中国で1番の歴史を持ち 最っとも多くの王朝を跨いだ。旧市内は再開発の影響もあって 多くの店が閉まり 閑散として失業者だらけだ。タクシーの運転手に聞くと 8月に市内一斉にPCR検査したそうだ。コロナ下の生活を聞いた。

長江沿いに 国道318号線は走り、108kmもある絶景の 湖北省の 恩施大峡谷へ到着、東洋のグランドキャニオンといわれカルスト地形で 絶壁桟道 488m続く。回音谷(やまびこの谷)

民宿の主人に乗せてもらう。外食代が高い 子供に 良い教育を受けさせると とてつもなく高い。

12月中旬 四川省の東の 万州に。2009年に完成した三峡ダムの最大の移住先となった街。市街地の半分近くが水の底に沈み 26万人が移住を余儀なくされた。
李さん マッサージを受けた先で聞いた話。移住させられたご夫婦で 10年ほど前大改造プロジェクトがあった。当時のトップは外資の導入に成功し 地元で人気を博した 薄熙来だったが 汚職・スキャンダルの摘発により失脚した。そのため 計画は全部流れた。

西に進むこと3日間 成都に着いた。成都は三国志の蜀の都で 四川省の経済の中心地で 最近 西部大開発の拠点都市として著しい発展を遂げ、現在人口 2000万人を越える。
街を散策すると 新聞を閲覧できる掲示板があった。日本 自由民主党 憲法改正へ指導、とかアメリカの記事だった。
人口増加は街に活気をもたらしたが、富の分配における矛盾も顕在化した。
有名な 女性のライブ配信者が約117億円脱税したニュース。
今回の旅はここまでと決めた。
夜 繁華街に出た。中国政府の発表で2021年340万以上の企業が倒産し 1億人以上の人が失業しているとみられる。中国 今一番国力が充実しているといわれてる…。

タイトルとURLをコピーしました