GoogleマップでWeb旅行!雄大なアフリカをトラックで旅する&タンザン鉄道&世界遺産

NHK BSP アフリカ縦断114日の旅 カイロから喜望峰までトラックを改造した車で20人キャンプで自炊生活をしながら 砂漠を越え、遺跡を眺め、動物とふれあい、大自然を体験して旅行した。そのほか世界遺産のケープ植物区、モザンビーク、ローマ帝国の遺跡、タンザン鉄道など

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ハイビジョン特集 アフリカ縦断114日の旅

NHK BSP 2008.1 初回放送ですが 荷台を改造し座席を取り付けた 16tトラックでのアフリカの旅 Google マップで追いかけました。12カ国 約4ヶ月の旅 あらゆることが出来て行きたいなと 思いますが 体力的にも無理なので テレビで 楽しく見させていただきました。14年前なので 各国の事情 大きく変わったと思いますが 自然と遺跡は変わらないよねと見させていただきました。

因みに費用は、移動・宿泊・食事などを含めて基本料金は50万円程度(飛行機代・オプションツアーは別料金)。宿泊は基本的に 各自で設置したでテントで寝る。サソリが出たこともあった。
食事は自炊が基本で、メンバーを班分けして作っていた。
トイレは 外で用をたしていて、女性は暗くなるのを待っていた。

1)灼熱の砂漠を越えて 〔エジプト・スーダン〕

〔エジプト〕
カイロ:アフリカ最大の都市 2007.6.5 出発
イギリス人 ツアーリーダー、運転手、参加メンバーは イギリス・カナダ・オーストラリア などから20人内日本人3名です。

バハレイヤ・オアシス:1日目 ホテルの中庭にテント張る

アルカスル(ダクラオアシス Dakhla Oasis):古くからの交易都市、泥を固めた家で囲むように 迷路のような細い道 入り口が2つだけのオアシス。16~18世紀 多いときで10万人暮らしていた。

・4日目 ルクソール:ナイル川東岸の古代エジプトの都テーベがあった都市。ロバに乗る。
エジプトの民族衣装 長袖のガラベーヤ(ワンピース)過ごしやすいと言うことで、450ポンドを50ポンドに値切って皆さん購入。
カルナック神殿:参道に並ぶスフィンクス、大石柱 当時の王が太陽神に貢ぎ物を捧げる壁画。スカラベ(フンコロガシ)の像を3回廻ると幸せになれるという。近くに 王家の谷もある。

アスワン(カイロからの走行距離 1,662Km)出国手続きをして 細長いナセル湖を18時間かけ 週一度の運航のフェリーでスーザンへ向かう。途中 右岸に アブ・シンベル神殿 3300年前 征服したラムセス2世が命じて、大きな岩山をくりぬいて築いた。高さ20mのラムセス2世の像が4体見える。

〔スーダン〕
ワジ・ハルファに2日滞在。ハーブテイの露店が多い。3日間の灼熱の砂漠越えに備え 食料の買い出し。タイヤの空気を抜き 地元のアシスタントドライバーが加わる。
ヌビア砂漠Nubian Desert)は 東西約700km、南北約300kmあり 砂漠に敷かれた鉄道を道しるべにに走る。砂漠を走ると 激しい揺れ エアコンのない車内に砂埃が入る。スタックするとサンドマットで脱出。わだちの浅いところを見極め 慎重に走る。全員でトラックを押すこともあった。

砂漠の1日に四季があり、日中は灼熱でも 朝夕は過ごしやすく トラックのそばに星空を眺め宿泊。夜中になると10°くらいになる。

かつて大英帝国は植民地時代に地元の反乱軍を鎮めるべく、首都ハルツームより ヌビア砂漠を縦走しワジ・ハルファまで 鉄道を建設し 現在も1日6往復 輸送している。駅があり ここでは冷たい飲み物が買えた。

砂漠に入って330キロ 2泊目のキャンプ、 夜駅で働く人とサッカー。

ようやく舗装道路に。

古代クシュ王国メロエ遺跡 王の墓のピラミッド 高さ10m位で100個以上あり 正面に礼拝堂があり 壁画に牛やワインがあった。他にムサワッラト遺跡(アブ・シンベル神殿)ナカ遺跡などある。
クシュ王国はエジプト属国であったが、エジプト弱体時に攻め 100年にわたってエジプトを支配 最盛期アフリカの1/4を支配した。

右側に4日ぶりにナイル川が見えたので 車体を叩いて合図して 停車、1週間ぶりで ナイルの泥水で体を洗う。アフリカの水を飲んだものは、アフリカへ帰る」といわれてる。

キャンプのテントのそばにサソリ、ムカデ、クモがいて大騒ぎになった。

22日目スーダンの首都 ハルツーム(カイロからの走行距離 3,557Km)に到着。ハルツームは白ナイルと青ナイルの合流地点。

毎週金曜日 スーフィー(イスラム神秘主義)の人がモスクに 1000人以上集まり 唄い踊り 肉体を酷使することで高揚感を得る。

2)緑あふれる大地を行く エチオピア・ケニア

〔エチオピア〕
・国境を越え メマエ に、さらに東に向かう

ゴンダールは1632年~1769年にかけて、エチオピア帝国の首都であった旧都。標高は約2,000mあり ソロモン朝ゴンダール期に建設された3つの王宮群がある。エチオピアにはイスラム教徒もいるが6割はキリスト教徒。土着の宗教と混じり合いながら ダブラ・ブラハン・セラシエ教会など多くの教会がある。

・北に進み エチオピア高原に入る。4000mの山々がある世界自然遺産 シミエン国立公園 標高2800m 地点で トラックを降り、1泊2日のトラッキングに出発。ここでは防寒着着用し、キャンプ地の3100m地点まで3時間かけ歩く。途中草だけを食べるゲラダヒヒを見る。翌朝 標高3255mの雨期だけに現れる滝落差800mもありますが、正式名称はなかった。

・ラリベラに向かう予定が 雨で 赤土がぬかるんで予定変更
タナ湖:青ナイルの水源地で、湖畔にキャンプ。 1.5mもある大トカゲ。
古代エジプトで文書に使われたパピルスの村へ、は屋根や壁や紐に使われ、編んで小舟に、端は焚き木に。コーヒー豆をパピルスで煎り ごちそうになる。

ラリベラの岩窟教会群は 標高2600mの場所にある世界遺産で、ザグウェ朝 7代国王ラリベラの命により、12世紀末~13世紀にかけて建造されました。国王ラリベラは、聖地であるエルサレムはイスラム教徒の手に渡っていたため、ラリベラを「第二のエルサレム」にするため 複数の教会を造営。
一枚岩でできている岩窟教会が11ある。ギョルギス教会は、縦横12m、十字架の形に掘られ、高さも12mあります

・40日目 首都のアディスアベバ(カイロからの走行距離 6,199Km)標高2400mに到着。4日間滞在することに 久しぶりの都会でした。朝 町の広場でトレーニングに励む大勢の人、陸上選手が世界で活躍すれば 一生豊かな生活が送れます。

・首都から640キロ南の街。 40以上の民族の暮らすコンソ
2段スカートをはいたコンソ族が目立ちます。コンソ族は30万人いて 周辺に暮らします。
その1つの村 (コンソ特別郡)は山頂にあり 6000人が暮らす。案内してもらい 村に入ると迷路のようで 家々にはコーヒーの葉が集められている。コーヒーの葉とヒマワリの種を一緒につき 岩塩を加え 香料を混ぜ ホラというお茶を飲み1日中働けるそうだ。村のあちこちに1年中食用になるミダの木。段々畑にを耕す。
隣の村にコンソ族の20代目の王様がいるというので 王宮を訪ねて 謁見できた。

モヤレ:街中に国境線〔エチオピア〕
ケニア
モヤレ:強盗団を警戒して 警官が運転席と座席に 3時間160km 乗り込む。

サバンナ地帯に入り牛を放牧する レンディーレ族。
石ころがタイヤに挟まり大きな時間ロスに、予備の燃料タンクが外れ 大きな街で修理することに。
3日後 ようやく舗装道路に。
赤道直下を通る、20m北と南の地点で 磁石の動きを見せてくれる人がいた。5ドルで赤道通過証明書購入。

・52日目 首都 ナイロビ(カイロからの走行距離 7,989Km)、東アフリカの中心地でイギリスの東アフリカ経営の拠点が置かれた。4日 滞在。洗濯をしたり テントを直す職人のいる。
メンバーが5人増え25人に

崖沿いの道進む。トルコ・紅海から東アフリカまで 幅30~60kmのグレートリフトバレー(大地溝帯)が走り、大きな裂け目が出来て 落差100 mを超える急な崖が随所にある。旅はこの大地溝帯に沿って進む。

世界遺産「グレート・リフト・バレーのケニア湖水システム」
ナイバシャ レイク・ナイバシャ・ヒッポ・キャンプ & ワイルドライフ自然保護区
サファリ 7種類 650頭。キリンなどの草食動物だけなので 歩いて廻れる。

ナクル湖岸のレイク・ナクル国立公園:ライオンなど肉食動物がいるので車で移動。フラミンゴの大群が飛来する。

Photo by Harshil Gudka on Unsplash

3)野生の楽園とキリマンジャロ ケニア・ウガンダ・タンザニア

〔ケニア〕
バリンゴ湖(ナイロビから250Km)は野鳥の楽園。カバ実は人間の倍のスピード時速40kmで走れる。
ボートで湖に ヒマラヤセミ・サンショクウミワシなど400種以上生息。

2時間の豪雨、道はぬかるみ 立ち往生しているバスが複数。乗客が石ころをぬかるみに運び 無事脱出。

・国境の町マラバ:バナナ農園が拡がり プランテインバナナを主食にしているというので 調理用バナナを煮て潰したマトケは甘くない焼き芋だった。

〔ウガンダ〕
ビクトリア湖はケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖。
白ナイル川の激流下り 別料金だそうだ。始めにひっくり返ったときの練習をして 31Kmを4時間かけて ラフテイングした。

カリンズ森林保護区 クイーンエリザベス国立公園 熱帯雨林地帯 390万㎢日本の10倍の面積で大西洋岸まで拡がる。ジャングルに入ると 寄生植物のクロハタオリ、チンパンジーの巣が

・ピンクの制服の小学校 生徒が1400人 一緒に唄う。教室不足なのでペンキ塗りで工事を手伝う。

〔ケニア〕
・国境から 1時間のところでキャンプすることに、スワヒリ語で食料の買い出し 火起こしに挑戦。
ナイロビを経由

〔タンザニア〕
70日目 アルーシャ サファリツアーの出発点 多くの旅行会社

ンゴロンゴロ自然保護区 大きな穴という意味で火山活動で出来た深さ600mのクレーター。東西19km 南北16km。独自の生態系で25000頭の動物。ヌー、ゾウ。
中に住む垂直に高く跳ぶマサイ族は 木の枝と牛の糞を混ぜた土の家に住み 防虫効果があるという。

・二手に分かれ 3人は キリマンジャロへ、高山病に備え ゆっくりゆっくり 5895mの頂上に

・その間 アフリカ東海岸へ ダル・エス・サラーム から船で ザンジバル島
ストーン・タウン はキリスト教の教会 イスラム教のモスク ヒンズー教が混在。世界遺産「ザンジバル島のストーン・タウン」に登録されている。「旧奴隷市場」もある。
古くから東アジアへの交易の中継地だった。
泳いだり、シュノーケリングでイルカと泳ぐ。

・81日目 8月24日 合流

4)大自然に飛び込む マラウイ~南アフリカ

〔タンザニア〕 国道にキリンや象、西に進む。

〔マラウイ〕
マラウイ湖:薪を拾い 湖岸でキャンプ。豚一頭3000円で購入 4時間かけ丸焼きに

〔ザンビア〕
・90日目 首都 ルサカ、南アフリカの投資でビルが建つ。
NGO 青年海外協力隊できている人に会う。彼女は健康管理を行っており 足踏みミシンの使い方を教えたりしている。

・ザンベジ川は ザンビア北西部からインド洋に注ぐ アフリカ第4位の大河、河畔でキャンプ。釣りを楽しむ。

ザンビアジンバブエ〕
ビクトリアの滝:1855年 探検家デビッド・リビングストンが、母国イギリスの女王にちなんで「ビクトリア」と命名。滝幅約1700m、落差約108mで水煙が舞い虹がかかる。
地元の人は「雷鳴のとどろく水煙」と呼び進行の対象になっている。
100m近くの深い峡谷を渡るハイワイヤー、空中ブランコのゴージスウィングを楽しむ。
パオパブの大木 樹齢200年、樹高43m 周囲23m。実や葉っぱ 種は食料として利用され、樹皮は紐など日用品に。

〔ボツワナ〕
・95日目 カラハリ砂漠:ボツワナの国土の7割が砂漠で占められ ダイヤモンドや銅を産出。

・オカバンゴ湿原 隣国 アンゴラの山岳地帯から川の水が集まりできた湿地帯。丸木舟に乗って中州にテントを張り 地元の人と唄や踊り 

〔ナミビア〕
・古代遺跡 トワイフェルフォンテイン は2000点以上の岩石線画群からなる遺跡で世界遺産。
壁画は狩猟民が野生動物を多く描がいた。

ナミビア海岸 オットセイの生息地 コロニーに10万頭が暮らす。天敵セグロジャッカルが狙う。

スワコプムント ナミビア第2の都市 19世紀後半から20世紀初頭 ドイツの植民地の港町だったので ヨーロッパ風の建物が多い。

ナミブ砂漠は九州より広く 美しい砂の丘が重なる。「ナミブ砂海」として世界遺産
大きな木の板で砂丘を滑り落ちるライダウンボーディングサンドボードもできる 砂のスキー場。
軽飛行機でスカイダイビング楽しむ。

南北に細長いナミブ砂漠進む。
黒い砂のムーンラウンドスケープ(月面世界)
白い砂の砂漠には ここだけに育つ ウェルウィッチア(奇想天外)、葉が大きく大気中の僅かの水分を吸収し、根も10m近く伸ばし水をくみ上げる。寿命500年~1000年。2000年生きているもののある。
さらに南の ソーサスフライ 柔らかい赤い砂の斜面 ソススフレイが続く。もとも高いところ 300mもある。

・フィッシュ・リバー・キャニオン 大地をえぐる500mの谷が160Kmに渡って続く。グランドキャニオンに次ぐ規模です。

〔南アフリカ〕
112日目 南アフリカに入り 花が咲き誇ります。
9月の始め南半球は春、若芽が出てきます。ヨーロッパに似た紀行でぶどうが栽培され ワインの生産量増えています。ワイナリーに寄る。

114日目 2007.9.26 喜望峰到着 (カイロからの走行距離 20,358Km
ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を経てインド航路を発見したことを記念して、Cape of Good Hopeと名づけられたといわれる。
喜望峰の周囲は自然保護区になって緑の回廊が続きます。

世界遺産 ケープ植物区保護地域群

2022年2月27日OA TBS 世界遺産 ケープ植物区保護地域群 〜 一斉に開花!幻の花園と奇岩の秘密
世界の植物は、共通する特徴から6つの植物区に分けることができる。
その中で最も小さな南アフリカのケープ植物区は6000種もの固有種が確認されている。
その中にある13の保護地域が世界遺産となっている。

世界遺産 テーブルマウンテン 近郊の「カーステンボッシュ国立植物園」は北の大断崖と 海に遮られ 1470種の固有種がある。極楽鳥花キングプロテアピンクッションといった日本の花屋さんでも一般的に売られている花は、実はケープ植物区原産のものが多い。

ケープタウンから北へ200キロのセダーバーグ原生地域 (シデールベルフ・ワイルダーネス・エリア ) も保護地域の一つ。標高1000メートルの砂岩の大地、隆起する時に亀裂が入り 浸食によって 奇岩が並ぶ。岩場や水辺など環境に合わせて様々な固有種が存在し 非常に狭い範囲にしか見られない植物が1800種も存在するという。25メートルの直立する岩の塔も浸食でできた。

ケープタウンの北400㎞にあるナマクワランドに 一時期だけ現れる幻の花園です。8月の終わり、春を迎えて一斉に開花 咲いている期間は ほんの数週間だけ。ほとんど雨の降らない乾燥エリアでも、冬の雨の水分を保持して乾燥に強い多肉植物が棲息する。

花の蜜を吸う代わりに受粉を行う虫たち。6cmの軸の底で蜜を出すと、それを吸うために6センチの長い口先を持つロングタンフライ

また山火事が頻発する「ケープ植物区」で生き残るため、火の熱を利用する植物。固く閉ざした殻が熱せられて開き、中からタネが飛び出すメカニズムになっているという。

貿易風が彩る水の大地 モザンビーク

NHK BSP 初回放送: 2020年2月
驚き!地球!グレートネイチャー 「貿易風が彩る水の大地〜アフリカ・モザンビーク〜」
モザンビークはアフリカ大陸から約3.5㎞離れた島で、 10世紀頃から アラブの品々とアフリカで産出される金を交換するインド洋貿易の拠点として栄え、大航海時代にバスコ・ダ・ガマが上陸して以来、ポルトガル人が続々と入植。東西のさまざまな文化が融合し、共存する場所として知られています。

ポルトガルのサン・セバスティアン要塞がある。

モザンビーク南部の ポメネ:インド洋から貿易風が吹きつけ 海岸からあがる幾つもの水柱。岩場の下は波に削られ空洞になっていて 荒波で噴水がいくつも上がった。

海岸線をおよそ140km北上 沖合い35kmに現れる砂だけのバザルト島。大きさは東京ドーム およそ2000個分、最も高いところは100m。貿易風が砂を運び 長い間かけ島になった。
石英の純白の砂が積もっており 青い海とコントラストは、ずっと見ていたくなる美しさです。

この石英は ザンベジ川からやってきました。 上流部にあるのは ヴィクトリアの滝 この川の周辺には花崗岩などの大地が拡がっています。ザンベジ川の激しい流れは岩石を砕き 輝石・黒雲母・石英が運ばれます。重い鉱石は徐々に川底に沈み、比較的軽い石英は下流まで流され磨かれ 輝く白い砂になってインド洋の河口に流れ着きます。 貿易風が巨大な渦を作り石英をバザルト島に運んだ。
上空からみると モザンビークの紺碧の海に描かれた 石英の白い文様、50kmも続いている。
モザンビークの海には サンゴが広がり 250種類もあり、 550種の魚が住む 宝石のような海でした。

内陸の ゴロンゴーザ国立公園 多くの野生動物が暮らす 豊かな緑の森と5800種の生き物たち、水が供給される特別な地域だと言います。
東にはナミブ砂漠・カラハリ砂漠がある場所ですが、貿易風が 1863mのゴロンゴーザ山 にぶつかり 年間2000ミリの多量の雨を降らし、高さ130m 9段の滝もでき、ウルマ湖を潤し 豊かな大地に]なっています。

カメルーン・コーラップ国立公園

NHK BSP 2022/01/31 ハイビジョン特集 「地球と出会う 〜カメルーン・コーラップ国立公園〜」
カメルーン共和国にある 最古の原生林 コーラップ国立公園 Korup National Parkを2007 年に 元F1レーサーの片山右京さんが訪ねた。
赤道直下にある「コーラップ国立公園」は氷河期の頃から存在する森。150mの吊り橋は森への入り口。高さ50mを超える巨樹が林立する森は、1㎢に4000種類の植物が存在する。
巨大な板のような木の根、巨樹を絞め殺してしまうツタなど。

世界遺産

スーダン 紅海 サンガネーブ

紅海 サンガネーブ岩礁にある 世界遺産「サンガネーブ海洋国立公園とドンゴナーブ湾=ムカッワー島海洋国立公園」 Sanganebin kansallispuisto 珊瑚礁がリング状につながり 多様な生物が暮らす。

ローマ帝国が支配したアフリカ

・エルジェムの円形闘技場 (世界遺産 チュニジア) ローマ帝国の南の端 アフリカ

ティムゴード(アルジェリア) は「アフリカのポンペイ」と言われる ミニローマで上下水道・共同浴場・劇場がある。

・テーベのネクロポリス(エジプト) 古代都市テーベ のメムメンの巨像に随行員の落書きがある。

・レプティス・マグナ(リビア) 古代ローマ時代 地中海の重要な交易地。アフリカ初のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスを輩出した都市。

・カルタゴ(チュニジア) ローマ帝国が ポエニ戦争で 最終的に勝利し 属州とした。交易の要衝で、漁業が盛んで ローマの食料庫と言われた。海底に古代都市跡が確認された。

アフリカ タンザン鉄道(タンザニア・ザンビア)のポレポレ列車

行くぞ!最果て!秘境×鉄道「アフリカ・ポレポレ列車」 NHK BSP 2018.10 初回放送
アフリカ タンザン鉄道はタンザニア東部のダルエスサラームとザンビア中部のカピリムポシを結ぶ鉄道。銅などの鉱物を運ぶために 中国の援助で 1970年 10月着工,75年 10月完成。全長1860kmを、2泊3日かけて移動 。旅人 古原靖久。

時速40キロののんびり列車で、ポレポレはのんびりゆっくりの意味。
ザンビア中部のカピリムポシ PM2:00 14両編成で 出発。乗客は800人程。週2本だけの運行。途中107の駅。料金は100kmあたりおよそ200円。5分で 荒野に。

2時間で ムクシ マンガンの鉱山があり 終点まで鉄道で運び 中国へ。
つるはしで 6時から17時まで 露天掘りをする女性。10キロの鉱石をバケツに入れ頭に乗せ運ぶ。1山400円 2日で3山ほど。この女性の自宅へ 歩いて1時間半 5キロの山道 途中で焚き木を拾う。
母と5人の子を育てていた。歩いて15分湧き水の水くみに たくさんの子供に囲まれ 頭にバケツを乗せ運ぶ。シマ(水を加えたもろこしの粉を練ってつくる。まんじゅうの皮みたい)とキャベツとトマトの炒め物、ゆで卵、豆をごちそうになる。

ムクシの駅 いつ来るか判らない電車を待つ多くの人。ホームのない駅。1等の寝台車に 音楽と扇風機付き、雄大な夕陽がきれい。食堂車へ チキンとライス。

ムピカ 到着予定 夜11時が深夜2時半 気温は7度寒い 南半球は冬。乗り降りする人が大勢。
近くの市場で チプミ(乾燥イモムシ)をお湯で戻し野菜炒めに、味はイカ。
郊外100キロに 大自然の中で天然のカピシャ温泉があります。お湯の中に文字の書いている土器のかけらが落ちており 近くに古代人の住んでいた洞穴がある。謎の壁画が40カ所も残されている。
深夜 12:30 定刻通りに ムピカ出発。寝台車で1泊。ポレポレ列車は真っ暗な荒野を走り続け 朝6時日の出です。ここまでの走行距離は およそ750キロ、後100キロで国境です。

ムピカを出て12時間 タンザニアトゥンドゥマが見えてきた。屋根が藁からトタンに変わってきた。橋の下のトンネルを抜けた。いつの間にか国境を越えていた。車内で出入国の手続きをして降りる。
国境の街 トゥンドゥマ 人口10万人 様々なものや 人の集まる物流の拠点です。
国境は 橋で 街の中は自由に行き来できます。シャンプーをしてもらい、ツクツクに乗り 牛皮で太鼓を作り 、陽気な多くの地元の人と太鼓演奏・ダンス楽しむ。プレゼントされた太鼓を持って駅に 7時間遅れだそうだ。ひたすら待って8時間遅れで電車到着。午後8時半 10時間待ってようやく動いた。750キロ先のマタンブウェ目指す。

翌朝 夜の間に乗ってきた人達で満席。山の中で電車故障。3時間後機関車が到着して出発。
サザンハイランドと呼ばれる高原地帯に入り、トンネルが連続。停車駅で サトウキビを買って食べる。
今夜も列車に1泊、翌朝 高原地帯抜け 荒野を走り キサキ駅を通過。列車は野生動物の保護区の中を通る。
保護区の中にあるマタンブウェに22時間遅れで到着。ホームはなく 駅舎は小さなもの、 目の前がナイヤーアー国立公園で 保護区をガイドと車で廻った。世界遺産のセルー動物保護区で車からアフリカゾウの親子やキリン、ライオンを見る。
朝8時駅に 次の目的地は 終点の港町 ダル・エス・サラーム 、ここからは5.6時間です。駅は 時刻表がなく列車は午前中としか判りません。夕方 5時45分、1つ手前の 15キロ離れたキサキに向かう。6時30分駅へ着くと、人は集まっていたが列車がくるのは明日の昼頃らしい。明日の午後 飛行機に乗らなければいけなかったので、急遽 観光用小型飛行機で ダル・エス・サラームに向かう。

たどり着けなかった ダル・エス・サラームはインド洋に面した伝統ある 貿易港です。飛行機に乗った頃 列車は20時間遅れで到着したそうです。

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