12月の奈良 高野山 熊野三社 駆け足参拝

2023年12月 ずっと行きたいと思っていた 高野山、熊野古道を車で廻ってきました。紅葉がギリギリ残っていた 奈良の東大寺・興福寺・唐招提寺・薬師寺・法隆寺に、どこも広い境内で当時の権力者の力押推し計れます。高野山と熊野三社 参拝してきました。
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奈良

昼過ぎ JR奈良駅 西の ダイワロイネットホテル 奈良 に 到着。東口からタクシーで東大寺に、12月初旬 紅葉が今週いっぱい見頃とのこと。鹿が あっちにも こっちにも 道路の分離帯にも。鹿のコロコロウンチを踏まないように 東大寺南大門に。聖武天皇の発願で制作された東大寺盧舎那仏像

鹿が迎えてくれた奈良 東大寺 二月堂

二月堂で毎年3月に行われる修二会(お水取り)は奈良に春を告げる。二月堂を見ているうちに 日が暮れてしまい 薄暗い 若草山を眺め 、春日大社は残念なことに入り口だけでした。バスで駅前に戻り ホテルの温泉でゆったりと。

興福寺・猿沢の池

昨晩の続きで、朝 散歩に!人が少なくいいですね。 興福寺 まだ開館していなく 阿修羅像が見れませんでした。元興寺 ようやく入り口を見つけても 門が開いていませんでした。

唐招提寺

苦難の末に来日された唐の高僧 鑑真和上が 759年戒律を学ぶ人々の修行の道場として創建。

薬師寺

薬師寺は南都七大寺の一つで 680年 白鳳時代 天武天皇が皇后 鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ/のちの持統天皇)の病気平癒を祈って発願され、持統天皇の時代に完成した。平城遷都により 現在地に移された。境内が広く駆け足で廻りました。50年も前 修学旅行の時 塔の先が水に映るのを皆でのぞき込んだ写真が残っています。今回は見つけられませんでした。写真 撮影禁止でした。

法隆寺

607年に聖徳太子と推古天皇によって建てられた。修学旅行の生徒達がたくさん。境内が広く廻りきれません。柿の葉寿司おいしかった。明日香にも行きたかったけど断念。京奈和自動車道で紀北かつらぎIC を出て 国道480号を高野山に向かう。

高野山

つづら折りの国道480号 遠かった。 標高約1,000m級の峰々に囲まれた山上盆地に広がる高野山は、1200年前に弘法大師空海が開創した真言密教の聖地です。
雨も降って薄暗くなったので 「奥之院」に 戦国武将のお墓 本当に並んでいました。写真は法然上人と上杉謙信、石田三成です。「壇上伽藍」を見て、国道480号を戻り 紀北かつらぎICから 京奈和自動車道に入り 和歌山から 阪和自動車道で白浜に。12月は日が短いので 夜の走行でした。

白浜

熊野三社

国道311号「中辺路」を西へ 熊野古道の滝尻王子も目に入らず 熊野本宮大社に着いてしまった。158段の階段をようやく登った先の 神門をくぐると檜皮葺の立派な社殿、神仏習合の社です。向かって左手の社殿が夫須美大神(ふすみのおおかみ)・速玉大神(はやたまのおおかみ)の両神。中央は主神家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)。そして右手は天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られており、交通安全、大漁満足、家庭円満、夫婦和合、長寿の神 だそうです。河原に旧社地大斎原(おおゆのはら)が見えました。

国道168号を熊野川に沿って南下、河原の白い砂が美しい。いにしえの時代 船をつかい「川の参詣道」だったそうです。熊野速玉大社に。
国道42号 と 県道46号 経由し 那智大滝を右手に見て 熊野那智大社に。近くに 青岸渡寺 参拝方法 混乱しました。御朱印たくさんいただきました。
国道42号 を北へ トンネルだらけの紀勢自動車道 を経て 勢和多気IC から伊勢自動車道に入る。予定外に 桑名から 清流サルスベリ街道に案内されて、ひたすら長良川の細い堤防をスムーズに北上しました。

岐阜城・金華山

暗くなってから 岐阜市に着いたので 山の方にポツンと岐阜城が浮いていました。朝 金華山ロープウエーに乗って 岐阜城に。岐阜公園の三重塔。